円滑な事業承継の促進を通じ、中小企業の事業活性化を図る――。国は一昨年、10年ぶりに「事業承継ガイドライン」を見直すなど、関連施策を幅広く進めている。課題の本質はどこにあるのか。中小企業庁事業環境部財務課長(*)の菊川人吾氏に聞いた。

(*)役職は取材当時(2018年7月12日)のものです。

「黒字」の中小企業の廃業が深刻化している

なぜ今、中小企業の事業承継がクローズアップされているのか。背景として大きいのは、やはり経営者の高齢化だ。左の図のとおり、1995年当時47歳だった中小企業の経営者の年齢のピークは、20年後の2015年、66歳に上昇した。つまり、全体で見ればほとんど世代交代が進んでいないのである。

出典:中小企業庁委託「中小企業の成長と投資行動に関するアンケート調査」(2015年12月、株式会社帝国データバンク)

「一般に中小企業の経営者の引退年齢は70歳程度ですから、まさに待ったなしの状況です。今後10年間に70歳を迎える中小企業、小規模事業者の経営者は約245万人。その半分は後継者が決まっていないといわれています。現状のままでは中小企業などの廃業が急増し、2025年までの累計で約650万人の雇用、22兆円のGDPが失われる可能性があると推計されています」

中小企業庁の菊川氏は、そう説明する。すでに休廃業数の増加は深刻な社会問題だが、見逃してならないのは実はその約半数が「黒字」であるという事実だ(※1)。経営状態もよく、社会に付加価値を提供している。本来、将来に引き継がれるべき企業が消えてしまっているわけだ。

「こうした休廃業の影響は、当然ながら中小企業の領域に留まりません。例えば、特殊技術でほかでは替えの利かない部品を製造している中小企業が廃業すれば、サプライチェーンが切れてしまう。そうなれば、大企業にとっても死活問題なのです」

また伝統産品の産地でも、後継者の不在による倒産や廃業がますます増えている。長い時間をかけて培ってきた技術やノウハウが失われ、地域経済の落ち込みにも拍車をかけている状況だ。

関連の施策やサービスを上手に使うことも大事

では、個々の事業者は何から始めればいいのか。「大事なのは、トップによる『事業承継への準備の必要性の認識』です」と菊川氏は言う。

「企業の経営課題には、販路開拓や新製品開発などさまざまなものがありますが、事業承継だけは経営者本人が行動を起こさないと事態が進展しません。ただ一方で、経営者とは基本的に孤独なもの。その意味では、周囲の人たちの支えが大きな意味を持ちますし、関係者による上手なきっかけづくりや後押しも重要になると考えています」

そこで国は、「事業承継ガイドライン」の中に、弁護士や税理士、金融機関をはじめ経営者とかかわりの深い人が使える「事業承継診断票」のひな型を用意している。後継者候補についてなど事業承継に関する経営者への問いかけをまとめたこの診断票を、対話の糸口にしてもらおうというわけだ。

「準備の必要性を理解していただいた後、経営状況の把握や経営改善、事業承継計画の策定などを行うのが基本ステップです。陸上のリレーと一緒で、スムーズにバトンタッチするにはバトンを渡す側、受け取る側双方の足並みが揃っていなければなりません。それを実現するにはやはり相応の訓練や試行錯誤が必要で、後継者もいきなりではなかなか走り出せません」

激動の時代をくぐり抜けた実績を次の世代に

菊川人吾
経済産業省 中小企業庁
事業環境部 財務課長(*)

陸上のリレーの例にならうなら、流れるような事業の引き継ぎは、その後の経営のスピードアップや勢いにもつながる。事実、中小企業庁公表の調査(※2)によれば、「経営者交代あり」と「交代なし」の企業で経常利益を比べると「交代あり」のほうが上昇幅が大きかった。また、後継者が経営革新に取り組んだ企業のほうが、取り組んでいない企業よりも業績が改善したというデータ(※3)もあり、前向きな事業承継が業績に好影響を与えていることが伺える。

業種を問わず、事業を取り巻く環境の移り変わりが激しいのが今の時代だ。単に経営者の年齢だけで推し量ることはできないものの、変化に柔軟に対応できる人が事業運営の舵取りを行っているかどうかは競争力の差につながると考えていいだろう。

「現在、中小企業の経営を担っている方たちの多くは、バブル経済の崩壊やリーマンショック、東日本大震災といった激動の時代をくぐり抜けてきた実績の持ち主です。そこで培ったノウハウや知恵をぜひ次の世代に引き継いでいただきたい。それが後継者の力になるはずです。言うまでもなく、中小企業の活動は日本経済の土台。事業承継という大仕事をサポートすべく、国としても多面的な施策を継続しているところです」

菊川氏がそう言うとおり、国は今“切れ目のない事業承継支援”を掲げ、マッチング支援や承継後の補助なども含めてさまざまな施策を集中的に実施している。また国に限らず、各士業や民間企業による関連のサービスも着実に整備されてきている。それらを自社の事情に合わせてうまく活用できるかどうかは、これからの事業承継において重要なポイントの一つとなるだろう。内向きになることなく、視野を広げて解決策を探ることで道は開ける──。今、経営者には、そうした意識が求められている。

(※1)2016年度の東京商工リサーチ調査。
(※2)帝国データバンク「COSMOS1(企業単独財務ファイル)」、COSMOS2(企業概要ファイル)」。
(※3)日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するアンケート」。

知っておきたい! 事業承継を支援する動き

税制の拡充

事業承継の際の贈与税・相続税の納税を猶予、免除する「事業承継税制」が抜本的に拡充された。主な改正点は「対象株式等の上限の撤廃」「対象者の拡大」「雇用要件の抜本的見直し」「売却・廃業時の減免制度の創設」。

金融支援の充実

事業承継にかかわる資金について、日本政策金融公庫などが低利で融資する制度を設けているほか、拡充に向け法律も改正。また、経営者が個人保証なしで新規融資を受けられる「経営者保証に関するガイドライン」(対象者、条件あり)も中小企業庁と金融庁の後押しで策定されている。

マッチング支援

国が全国に設置した「事業引継ぎ支援センター」では、後継者不在の事業者と起業家などのマッチングを行っている。専門家の増員を図るなど、体制も強化中。

承継後のチャレンジ支援

事業承継やM&Aを通じた事業の引き継ぎを契機として、経営革新や事業転換に取り組む中小企業を支援する「事業承継補助金」などが用意されている。

中小企業庁の資料などを参考に作成。