中小企業の事業承継には越えるべきハードルが多い。そこで助けとなるのが生命保険だ。弁護士の福﨑剛志氏とエヌエヌ生命執行役員の渡邊秀幸氏に、その活用法などを聞いた。

「事業承継税制」はどう活用されているか

──昨今、中小企業経営者にとって事業承継は深刻な課題となっています。

【福﨑】そうですね。私の事務所にも多くの相談が寄せられています。その中で代表的なものの一つが自社株の問題。素晴らしい会社に育て上げたからこそ株価の評価が上がり、子供さんなどが承継するにも、場合によって億単位の税金が課せられるのです。他方で、後継者がいないというお悩みも少なくありません。親族に限らず従業員の方などが承継することもできますが、株価、課税の問題は変わりません。

【渡邊】今年、「事業承継税制」の対象株式数の上限が撤廃されたり、対象者が拡大したり、大幅に改正されました。経営者の方たちの関心も高いですね。

渡邊秀幸
エヌエヌ生命保険株式会社
執行役員
プロテクション推進部長

1990年、ナショナーレ・ネーデルランデン生命保険会社(現 エヌエヌ生命保険株式会社)に入社。静岡支社支社長、東京西支社支社長などを歴任し、代理店営業推進部部長を経て、2015年より現職。

【福﨑】この税制は一言でいえば、後継者が行うべき納税が猶予され、さらにまた次の代へ事業承継すれば税金が免除になるという制度です。もちろん、細かな諸条件を満たす必要はあるのですが、現在多くの経営者の方々を悩ませている税金問題の解決に大きく貢献します。とはいえ、そもそも次の次の代、つまり30年、40年も先のことであろう3代目への承継まで見込める会社は、決して多くありません。そこで私の事務所では、事業承継税制を活用した場合でも、相続時には税金を納めるご提案をするのが一般的です。

【渡邊】当社も保険会社の立場から可能な範囲で事業承継のお手伝いをしていますが、税制となりますと非常に複雑なので、日ごろから専門家へのご相談をお勧めしています。ところで、税制とは別に「遺留分に関する民法の特例」も、事業承継の円滑化にかかわる施策ですね。

【福﨑】はい。推定相続人全員の合意などを要件に、遺留分による紛争や自社株式の分散を防ぐ制度です。ただ現経営者が後継者の相続税対策を考える必要があることは変わりません。また財産分与の公平性を保つため、後継者以外の相続人に遺す分の用意も考えておかなければならないでしょう。

「か」「う」「じ」「そ」を生命保険で準備する

──事業承継において、生命保険はどんな役割を果たすでしょうか。

【福﨑】事業承継対策とは、結局のところ現経営者の死亡に伴うリスク対策です。その中で、お金にかかわるリスクを軽減するのが生命保険ということになります。

福﨑剛志
日比谷タックス&ロー弁護士法人
代表弁護士

2002年に鳥飼総合法律事務所に入所し、事業承継、相続案件などを幅広く担当。18年に法務および税務の両面から最適なソリューションを提案できる新しいタイプの弁護士法人を設立。

【渡邊】そのとおりですね。しかし中小企業経営者の方々が法人契約で加入している事業保険の数は、1社平均1.9件(※)で、1件だけという会社がおよそ半分を占めています。保険の種類として最多なのは、定期付終身保険。次に多いのは、10年更新型の商品です。後継者難で辞めるに辞められない経営者の方々も、お元気で積極的に現役を続けている方々も、年齢を重ねていくと、保障が切れてしまったり、予期せず更新後の保険料が大幅に上がってしまったりします。ですから、異なるタイプの複数の保険をニーズに合わせて上手に組み合わせて加入されるのが望ましいと考えています。

【福﨑】事業承継税制は、先ほど触れたように30年~40年にも及ぶであろう息の長い仕組み。それが最大の留意点です。税コストとして付き合う自社株の評価額も、約30年間固定されるわけです。まず、後継者に生前贈与を行う段階で、保険を上手く使い株価を抑えることも考慮すべきでしょう。また保険は、その後継者が先々、相続税を納める場合の資金の準備にもなります。

【渡邊】私たちは、円滑な事業承継において、「か」「う」「じ」「そ」の四つの資金が重要になるとご案内しています。「か」は現経営者による“借入金”を後継者が返済するための資金。「う」は“運転資金”で、従業員の給与や取引先への支払いを指します。「じ」が“自社株対策資金”です。「そ」は“相続対策資金”で、後継者以外の相続人の方々に対する公平性の維持にも必要です。これらを、事業保険で準備なさっておくようお勧めしています。また、相続対策にも関連しますが、現経営者の生存退職金、死亡退職金を保険で賄うことも考えられますね。

【福﨑】そうすれば税務上、有利なことは間違いありません。例えば死亡退職金の典型的な受取人は配偶者ですから、配偶者控除などの優遇措置の利用ができるため、税がほとんど発生しないこともあります。これほどのメリットが出てくるのは、保険を使った死亡退職金ならではといえます。

メッセージをのこして大切な人々を幸せに

──約半数の経営者の保険加入件数が1件だけとのことでしたが、経営者の生命保険に対する意識は現状いかがですか。

【渡邊】ご自分の保険の保障内容を把握なさっていない経営者の方々が、圧倒的なのが実状です。そこで、可能な限り保険証券を見せていただいて現状を確認・分析し、保険料のご予算などもお聞きしたうえで、どんな保険がベストかを提案することが、私たちの使命だと自覚しています。

【福﨑】その種類によって貯蓄効果があるのも、生命保険のメリットですね。

【渡邊】はい。保険料の全額が損金になるタイプの保険は、保険金のお支払いまではバランスシートに載らない資産、自社株の評価には反映されない資産となります。そして、純然たる保障という意味で、現金がストレートに入ってくることこそ保険の強み。いざというとき、やはりお金が必要になる場面は多いです。

将来を見越して、できる限りの準備をしておくことが事業承継を成功させる秘けつ。現金の用意や会社の資産にかかわる課題については、生命保険を活用できるものも多い。早めに計画を立て、時間をかけることによって、より万全な準備ができる。

──現在承継を考えている中小企業経営者の方々へ一言ずつお願いします。

【福﨑】私の経験から、事業承継ではメッセージをのこすことも重要だと思います。例えば加入した保険の目的や、そこに込めたご自身の思いもメッセージとしてのこす。そうすることで、大切な方々をいっそう幸せにできるのではないでしょうか。

【渡邊】近年、事業承継の課題を解決するサービスも充実してきているように感じます。ぜひ、どうすれば安心して事業を引き継げるかを再検討し、その中で生命保険の見直しも一度真剣にお考えいただければと思います。

(※)セールス手帖社保険FPS研究所「平成24年 企業経営と生命保険に関する調査」。