アプリ市場データの提供ソースとして、世界中のメディアやアナリストから信頼を集めるApp Annie(本社米国)の日本代表ディレクター・滝澤琢人氏。みずほフィナンシャルグループ専務執行役員(デジタルイノベーション担当)で、新しいテクノロジーを活用したビジネスモデル創造を目指す新会社Blue Lab社長でもある山田大介氏。滝澤氏が山田氏を訪ね、Blue Labのビジョンや取り組む構想について聞いた。

デジタルマネーは、現金社会のコストを削減する

【滝澤】デジタル化、モバイル化する社会においては、銀行も旧来のビジネスの殻を破らないと、成長を継続するのは難しいように思います。そこで山田社長が率いるBlue Labが2017年6月に新設され、ベンチャーとの協業や海外企業との取り組み、新規ビジネス創造を通じ、これからの銀行業のあるべき姿を探る挑戦をなさっているのだと理解しています。

【山田】結果的にそういう面も出てくるでしょうが、Blue Labのミッションは、新しい技術を使って金融に限定しないビジネスモデルを生み出すこと。しかも、みずほ銀行の置かれた状況やニーズにあわせてビジネスモデルを考えるのでなく、ここでつくったものを銀行に持ち込む、というスタンスです。

Blue Labへの出資比率も、みずほ銀行は15%未満で、同行の持ち分適用会社にはなっていません。筆頭株主はシリコンバレーのベンチャーキャピタルであるWiLで、他に商社、保険会社、信託銀行、その他金融機関などが出資してくださっています。

銀行内部で新しいことをやろうとすると、どうしても時間がかかる。変化のスピードが速い新たなテクノロジーの世界では前に進めない。だからBlue Labは、みずほの経営の外側に置いたのです。

山田大介(やまだ・だいすけ)
株式会社みずほフィナンシャルグループ
専務執行役員
株式会社Blue Lab
代表取締役社長

みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)産業調査部長、同行常務執行役員(営業担当)などを歴任し、みずほフィナンシャルグループの今後のデジタルイノベーション戦略を管掌。2017年Blue Lab設立に伴い社長就任。

【滝澤】そうでしたか。いまフィンテックをキーワードに、例えばデジタル、またモバイル関連の技術を活用するケースも金融界で見られるようですが。

【山田】フィンテックに関連する日本の突っ込みどころは、現金社会であるがゆえのコストでしょう。金融で言えば、たとえばたくさんのATMを稼働させる、現金を運ぶ。そして金融に限らず、あらゆる企業やお店の業務に人手がかかる。私たちはそういうコストが銀行だけで見ても、年間2兆円にのぼると考えています。このコスト削減効果を社会に還元できることが、金融業界に限らず日本全体にとってまず必要な、フィンテックの効用だと思います。

【滝澤】中国をはじめ、アジア各国でもモバイル起点でキャッシュレス化が進んでいます。日本でもモバイルアプリを使った個人間送金サービスが登場していますね。今後もモバイル端末やアプリのテクノロジーに加え、多様な新技術を駆使することで、日本のキャッシュレス化は加速度を増すでしょうか。

【山田】はい。Blue Labには2018年4月現在、28個のビジネスの「卵」があり、その一つは銀行が発行するデジタルマネーです。専用アプリで個人間送金ができる。お店ではQRコード(※)決済ができる。QRコードならお店側の導入コストも小さく抑えられます。

滝澤琢人(たきざわ・たくと)
App Annie Japan株式会社
日本代表ディレクター

1996年に自ら起業し、IT・ デジタルメディア分野で さまざまなレイヤーの事業創出を経験。2014年App Annie入社。同年より現職。

【滝澤】銀行が直接、デジタルマネーのシステムを運営することによって、ユーザーはどんなメリットを享受できるでしょうか。

【山田】まず、口座からアプリに入金するとき、手数料がかからない。もちろん個人間送金にもかかりません。簡単にいえば、口座がそのままアプリに変わるようなものです。

スウェーデンでは主要銀行が共通のデジタルマネーを設けています。私が同国を訪問中、テレビでチャリティー番組をやっていました。視聴者は、アプリから放送局あてに寄付をする。簡単・便利で、募金額がどんどん増えていました。

日本でも銀行間の統一こそ重要だと考えます。いろんな銀行がそれぞれにデジタルマネーをつくったのでは、個人間送金にもお店での決済にも使い勝手の悪さや手数料が生じてしまう。我々は全邦銀で一緒にやることに意義があると考えています。規格も、インフラも共通化する。したがって、構築にかかる負担も各行でシェアをして小さくなる。これからの時代、各行は、“競争領域”と“協働領域”を峻別すべきだと思います。

“情報”を生かし、社会正義と人々の幸せを実現する

【滝澤】ビジネスモデルのアイデアが実際に事業化され、成功を収めるためのカギはどこにあるとお考えですか。

【山田】どんなビジネスモデルでも、ユーザーに利便性を提供できることが第一です。デジタルマネーでは銀行間の統一とあわせ、どこのお店でも使えることが大事です。次に、提供者がマネタイズできること。キャッシュレス化が進み、先ほど述べた銀行のコストは最大年間2兆円も削減されます。そしてもう一つのカギは、社会正義につながること。デジタルマネーなら現金と違い、決済データが蓄積されますので、マネーロンダリングが困難になる。違法なモノの密売買も難しくなるはずです。

【滝澤】銀行としてはコストを減らした後、どうやって新たな収益を得るのでしょう。以前、山田社長の「銀行業とは情報業だ」という言葉をお聞きしたこともあるのですが。

【山田】デジタルマネーの運営でも、個人の購買履歴などの情報取得につながります。ポイントは、複数の情報を掛け合わせること。例えばAさんがいつも買うビールの銘柄はB。そしてAさんがお酒の売り場に行けば、モバイル端末を介した位置情報でつかめる。情報の活用にはお客さまの同意などが前提とはなると思いますが、これら2つの情報を掛け合わせ、Aさんの端末にBとは競合するビールの広告や割引クーポンをポップアップさせる仕組みも原理的には考えられます。

【滝澤】私たちApp Annieは、グローバルでモバイルアプリ市場の各種データを収集し、分析ツールなどとともに企業にご提供するサービスを展開しています。山田社長が考えるデータ活用、モバイル活用の可能性について、一言いただけますか。

【山田】今の時代、世界中の人が鞄やポケットに高性能のコンピュータ、つまりスマホを入れて持ち歩いています。そして、それらが高速のインターネットに接続され、一方でビッグデータが収集され、瞬時に分析されるようになっています。金融業界においても、こうした状況がビジネスの基盤の一つになることは間違いありません。

繰り返しになりますが、情報は掛け合わせることでその価値が大きく高まります。その意味で、App Annieさんが提供されているデータも貴重なもの。新たなビジネスモデルの創出を使命とする私たちにとっては、あらゆる情報、データが事業の資源といえます。

【滝澤】ありがとうございます。最後に、フィンテックは近未来においてどんな社会を創り出してくれるのか、考えをお聞かせください。

【山田】やはり人間をさまざまな煩雑な作業から解放してくれるのが、モバイル化やデジタル化された社会。そこでの明らかな社会正義は、生産性の向上です。日本におけるキャッシュレス化も、生産性を引き上げ、人々をより付加価値の高い仕事へシフトさせ、余暇を増やすことでしょう。AIやIoTを含めた新たなテクノロジーの数々が組み合わさって、国富の増加につながり、人々を幸せにしてくれる──それが日本の近未来だと信じています。

(※)QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標です。

【インタビューを終えて】滝澤琢人
モバイルによって変わりゆく市場──。その中で、企業が新たな価値を提供し続けるにはチャレンジをしなければならない。インタビューを通じ、みずほFGにとって新たなビジネスモデルの創出が必要不可欠である理由が明快に理解できました。金融だけではなく、あらゆる業界の戦略に必要なのは、いま市場で起こっている変化をデータで捉えることです。各企業が目指すべき方向性を定めるにあたって、弊社の提供する市場データが役に立つことを願っています。