都市部に家や土地を持つ家庭であれば多くは相続対策を講じる必要がある。どんなパートナー選びをすべきか。相続コンサルタントの吉澤諭氏に聞いた。
吉澤 諭(よしざわ・さとし)
吉澤相続事務所代表

住友信託銀行で富裕層向け取引を担当したのち、独立系財産コンサルタント会社で土地持ち資産家の相続相談に従事。その後あおぞら銀行を経て2014年に独立。日本一予約が取れない相続コンサルタントとして、相続に特化した相談やセミナー、講師などを行っている。

財産は家屋敷とわずかな預貯金ぐらい。きょうだい仲も悪くない。相続税も、ましてや財産をめぐる争いなんてわが家には関係ない……」

こうのんきに構えている家は案外多い。しかし吉澤氏は「生活がつつましくても、都市部で戸建てに住んでいればそれだけで相続税がかかる可能性があります。東京などの地価水準が高い地域なら、老後のための預貯金と土地の評価額を合わせれば相続税の課税対象となる家も多いでしょう」と指摘する。

2013年度の税制改正以降、相続税の課税対象世帯は大幅に拡大した。国税庁の資料によれば、相続税の課税割合は13年度改正反映前までは4%台で推移していたが、改正以降は8%台とほぼ倍増している。東京都を管轄に持つ東京国税局の場合数字はさらに高く、16年分は12.8%に上る。相続財産の構成比で見てみると、最も割合が高いのはやはり土地だ。

わが家の相続税はいくらかかるのか、納税資金を用意できるのか。「事前に対策をすれば、相続税を適切に抑えることは可能です」と吉澤氏。心配すべきはむしろ、遺産分割のもめごとだ。

「常に相続対策を意識している資産家層より、自分には関係ないと何も対策を講じていない中間層こそ“争族”に注意すべきです。相続税の申告を行うことで、誰が、どの財産を受け継ぐのかが数字ではっきり示されます。そこで数字が独り歩きし不平不満が出やすいのです」

例えば長男が3000万円の自宅を、次男が預貯金1000万円を受け継ぐ場合、数字だけで判断すると次男が損をしているようにも見える。しかし実際には、長男が受け継ぐ自宅は築年数が経過しリフォームが必要だったり、長男が親の介護を引き受けてきたなどの事情があるかもしれない。申告書の数字からは個別の事情を汲み取れない。

「制度上、法定相続人には遺留分を請求する権利があります。各人の納得がいくように平等かつ柔軟に資産を分けられればいいのですが、現実にはなかなか難しい。親が元気なうちに家族で相続やその後の暮らし方を話し合い、その結果に合わせて、適切な相続税の納付方法や対策を考える。これが順序と心がけてください」

土地の評価額を圧縮する「小規模宅地等の特例」

土地の相続に際しては、残された配偶者や子どもの生活を守るために特例が用意されている。大きなものが、「小規模宅地等の特例」だ。亡くなった人(被相続人)の自宅などを配偶者や同居する子どもが受け継ぐ場合、一定の要件のもと土地の評価額を圧縮することができる。例えば自宅で一緒に暮らしていた妻や子どもがそのまま住み続ける場合は、330平方メートル(100坪)まで土地の評価額を80%減額できる。土地の広さや条件は異なるがアパートやマンション経営など不動産貸付事業を引き継ぐ場合にも対象の不動産の評価額を50%まで減額できる。

「都市部におき、相続税の課税対象になる財産の中心が土地であることを考えれば、この特例を適用できるかどうかは重要です」と吉澤氏。一方で次のように注意を促す。

「小規模宅地等の特例の適用にはさまざまな条件があり、実態を伴わない利用は厳しく規制される傾向にあります。例えば区分所有ではない二世帯住宅に親子で同居していた場合は原則問題ありませんが、息子が別に住まいを所有しているのに住民票だけ親元において同居を主張しても特例は認められません。また、二世帯住宅の場合、区分登記していると特例を適用できないケースもあり、登記も含めて相談したほうが確実です」

治療法を決めるようにセカンドオピニオンの活用を

相続は税制のほかにも法律や不動産、事務手続きなど複合的な知識と経験が求められる。「医療と同じように相続も1人の先生や専門家で安心せず、セカンドオピニオンを求めることをおすすめします」と吉澤氏は話す。

「相続税法の大改正で“相続ブーム”が起きた結果、にわかに相続の専門家を自称する企業やサービスが増えました。しかし、法改正前まで日本の相続税課税割合が全体の約4%であったことを考えれば、経験豊かなプロの数は多くないと考えるほうが自然です。相続は適正に土地の評価ができているか、法律を理解して正しく対策をしているかで納める税額も変わります。真の専門家に検証してもらうことは、それだけの価値があると心得てほしいですね」

吉澤氏が関わった事例の中には、専門家に依頼していたのに「高圧線の下」などの土地の評価額が下がる条件を見逃していたケースもあったという。こうした場合は納めすぎた相続税の還付も考えたい。

「相談者は『どうすればいいか』という正解を求めています。しかし実際にお話を伺うと、そもそもの現状認識ができていない方が非常に多い。どれだけの財産があり、老後資金にいくら必要なのか、家族仲はどうか、株式など事業承継に絡む資産がないか……。親の思惑と子どもたちの考えがかみ合っていないこともままあります。まずは、わが家の現状をしっかりと見据え、課題を見極めることです。相続に正解はありません。自分たちの選択が正しかったと思えるように早いうちに家族で話し合い、行動していくことが、より良い未来を引き寄せます」