30年以内に首都直下地震(マグニチュード7クラス)が発生する確率は70%──。この予測を目にしたことがある人は多いだろう。中部・近畿から西日本全域に及ぶ南海トラフ地震(マグニチュード8~9クラス)は30年以内の発生確率が70~80%と推定されている。被災地域は超広域に及び、巨大津波の発生にも警戒が必要とされる。
「このクラスの大震災では、十分な事前対策なくして日本が自力復興を遂げるのは非常に難しい。想定しうる最悪の地震が起きたとしても、自力で立ち直れるように、国家や企業、個人それぞれで、被害をダウンサイジングする事前の備えが肝要です」
東京大学生産技術研究所・都市基盤安全工学国際研究センター長の目黒公郎教授(都市災害軽減工学)はこう話す。
日本には北海道から九州・沖縄まで、地震を起こす可能性が高い活断層がいくつも指摘されている。想定される大地震だけに注意を払っていればいいというわけではない。事実、2016年の熊本地震は、30年以内のマグニチュード7クラスの地震発生確率は1%未満だった。予期せぬ時間やエリアで地震が起きても被害を最小化できるよう、対策を講じることは全国共通の課題だ。
建物の倒壊を防ぐことが迅速な救助や支援を助ける
地震発生時に多くの人が心配しているのは、まずは「建物の倒壊」である(図1)。このほか道路の寸断なども予想されることを考えてか、「食料、飲料水、日用品の確保が困難になること」も上位に上がっている。こうした不安を抱くのは、過去の数々の震災で家やビルが崩れたり、インフラが被害に遭う様子を目にしたからだろう。
従来から住宅やビルの耐震化の重要性は叫ばれているが、依然として首都直下地震では全壊・全焼建物は約61万棟、南海トラフ地震では津波による流出なども加わり、東日本大震災の約20倍に上る約238.6万棟が全壊すると予想されている(図2)。
建物の倒壊は、人の命を奪うだけでなく救助活動の妨げにもなる。大震災の発生時は、広い範囲で救助要請が同時多発するため、助けを求めてもすぐには消防・救急が駆けつけられない。そこで倒壊した家屋が道を塞ぎ、救出を阻む。強い建物が増えればそのぶん、救助が迅速化される。
住宅は家族が住まう場であると同時に、都市を構成する基本要素だ。わが家の耐震化をはじめとする自助の備えが、最終的には都市の強靭化につながっていく。一人一人が災害に対して具体的に行動することが、家族の将来、そして日本の未来を左右すると心に留めておきたい。
防災をコストからバリューへ! 災害イマジネーションを養い、自律的な仕組みづくりを
日本は地震多発国といわれながら、耐震対策ができていない建物がいまだに多く残っている。なぜ耐震化が進まないのか。東京大学生産技術研究所・都市基盤安全工学国際研究センター長の目黒公郎教授(都市災害軽減工学)は最大の理由は人々の「災害イマジネーション」の低さと指摘する。
地震防災を考えるうえで最重要なアクションは、耐震性の不十分な建物の「事前の建替え」と「耐震補強」です。しかし現在の日本では、耐震化がうまく進展しているとは言い難い状況で、この最大の原因は、人々の「災害イマジネーション」の低さです。
想像してみてください。もしも自宅で眠っている時に、会社でのミーティング中に、満員電車での帰宅中に、大きな地震に見舞われたらどう行動しますか? 被災状況は時間の経過に伴って刻々と変化します。何が起きているのかを把握し、自分の置かれた立場を正確に理解したうえで、次に取るべき行動を適切に判断できるか。そこで死傷する家族のことまで思いが及べば、耐震化も真剣味を増します。逆に「災害イマジネーション」を持てない人は、対策の重要性を理解できないし、適切な対策も取れません。
少子高齢化が進む日本では、公助の役割は縮小せざるを得ません。だからこそ、自助や共助の充実が重要となっていきます。これからの公助の役割は、自助と共助が自律的に進展する環境整備です。その際には、従来のように、自助や共助の担い手の良心に訴える防災ではなく、防災対策の「コストからバリュー」への意識改革が重要になります。
例えば、公的機関が企業の防災対策を評価・公表し、優れた企業に対しては金融機関から有利な融資が得られるインセンティブを用意する。いつ起きるかわからない対策への出費(コスト)は避けたいが、平時から価値(バリュー)を生む取り組みであれば自然と進展します。これは個人でも同様で、住宅耐震化が価値を生む仕組みづくりです。
人はイメージできない事態に対しては、適切に備えることも対応することもできません。正確な知識と災害イマジネーションに基づいた自助が無くては、共助や公助は機能しないこと、被害軽減は実現できないことを、政治家や行政、マスコミ、市民の一人一人が強く認識すべきです。