経営者にとって「平時」は、そもそも存在しないのかもしれない。高度経済成長、バブル崩壊、リーマンショックから始まった世界同時株安、そして情報技術の革新──。どの時代も、組織を率いるリーダーたちは、それぞれの経営課題に向き合ってきた。一つの危機を乗り越えたとしても時がたてば新たな課題が表出する。これは経営者の宿命といえる。
だが近年になって、課題変化のスピードが上がり、変化が“非連続的”になり舵取りが難しくなっているのは確かだ。IoTやAIに関する急速な技術革新は、これまでとはまったく異なる製造プロセスやサービスをもたらしてきた。少量多品種生産の実現、金融技術の進化、働き方の多様化などが起きる一方で、コンプライアンス遵守、サイバー攻撃や情報漏えいなど新たなリスクへの対応も迫られている。
過去の体験が通用しなくなるのは早いが、自分たちの成功をゼロにして事業を捉え直すのは言葉ほどやさしいことではない。社外取締役や、会社を渡り歩くプロの経営者が注目されてきた一因は、外部の視点で事業の成長性をゼロから評価できる点にあるだろう。前例へのこだわりを捨てて柔軟にイノベーションを起こし、非連続的な成長を生み出せるかが問われている。
価値を軸として新たな可能性を模索する
イノベーションの主役は、成功体験を持たない身軽なスタートアップ企業と考えられてきた。しかし、年数を重ねた企業は人材やノウハウ、資本という貴重な経営資源を蓄積しており、それらを生かさないままで日本経済の飛躍はない。「大企業からイノベーションは興らない」という定説を覆すため、イノベーションに関して先駆的な取り組みを行っている日本の大企業経営者をメンバーとした「イノベーション100委員会」が立ち上がり、レポートを公表した。そのレポートで、経営陣の五つの行動指針を示し、行動を起こすための100の質問を投げかけている(下図に抜粋して紹介)。経営に携わるすべての人間が一度は自問すべき事柄である。
非連続的な時代における成長分野の開拓とは、かかわりのない領域に闇雲に踏み込むことではない。会社としてもたらすべき「価値」を軸として、見たことのないビジョンであっても可能性を追求するということだ。しかし価値や大義は、空疎な理想論として響きやすい。
それゆえに、「経営者に求められるもっとも重要な資質はインテグリティである」と指摘する声が上がる。インテグリティとは、直訳すると品位や誠実さといった人間的資質を示す言葉だ。自分たちが社会に対してどんな価値をもたらし、またその事業にかかわる人々が幸せになれるか。それを考え抜くリーダーのもとでこそ、企業は一段と成長を遂げられる。
もちろん激しい競争を勝ち抜くには、キャッシュを創出し、戦略的に再投資していくといった中長期的な采配が求められる。考えるべき施策は、国際競争力の強化やイノベーションを創出しやすい環境整備、ダイバーシティへの対応や生産性改善など、多岐にわたる。トップの確固たる価値観なくして、成功戦略は描けない。