企業、国の双方が力を注ぐ「働き方改革」。そのあり方に再考を促すプレジデント社の近刊『TIME TALENT ENERGY──組織の生産性を最大化するマネジメント』の著者、ベイン・アンド・カンパニーのエリック・ガートン氏の来日を機に、2017年11月8日、組織の生産性向上のあり方を見直すセミナーが東京ミッドタウンで実施された。「生産性3.0:組織生産力を最大化するためのマネジメントセミナー」と題された同セミナーでは、ガートン氏の基調講演に続き、モルガン・スタンレーMUFG証券のロバート・フェルドマン氏が講演。さらにユニリーバ・ジャパン、日本マイクロソフト、リクルートが自社の事例を共有した。本稿ではそのエッセンスとして、ガートン氏の基調講演と、社員の意識改革とITの活用で生産性を向上させた日本マイクロソフトの事例を取り上げながら、事業の成長に直結する変革のヒントを探っていく。
セミナーの基調講演を行う『TIME TALENT ENERGY』著者、ベイン・アンド・カンパニーのエリック・ガートン氏

時間、人材、意欲の戦略的配置で成果を最大化

企業における生産性向上の鍵は組織マネジメントにあり、社員個人の“働き方改革”だけでは根本的な解決につながらない──。ガートン氏の基調講演はそんな問題提起から始まった。

「カネ余りのこの時代、企業にとっての真の希少資源は“カネ”ではなく“ヒト”です。そして組織のアウトプットを最大化するには、『TIME=時間』『TALENT=人材』『ENERGY=意欲』を適正に配置する必要がある。しかしとりわけ日本では、大企業病による時間の無駄や人材の不適切な配置などにより3要素でのロスが大きく、結果として生産性がグローバル平均の8割ほどにとどまっています」とガートン氏は現状を説明し、「時間」「人材」「意欲」における課題と処方箋を語った。

まず時間については、「社員のすべての就業時間にはコストが伴っています。しかし複雑な組織が生み出した不要な業務、また非効率なやり取りなどに貴重な時間が奪われている。日本ではその損失が、総就業時間の約31%に及びます」と指摘。組織構造や責任の所在、ガバナンスを明確化するといった対応策を提示した。また「人材」「意欲」については、優秀な人材を最重要業務に集中投下することや、適正な報酬や安全な労働環境の確保に加え、会社の使命を理解しながら自律的に働ける環境づくりにリーダー自らが取り組むことなどの必要性を説いた。

続いてセミナーはフェルドマン氏の講演を経て、各社の事例紹介に。以下ではムダ時間の削除やコミュニケーション方法の改善などを通じ、26%の生産性向上を実現した日本マイクロソフトの輪島文氏による同社の実践例を紹介する。

講演「26%生産性を向上させた日本マイクロソフトの働き方改革とAI活用」 輪島 文氏(日本マイクロソフト)

国内大手通信キャリアにてコンサルティングに携わった後、2008年マイクロソフト入社。Windowsの法人向けマーケティング担当を経て、11年より現職。日本企業の働き方改革を支えるICT活用の推進や、Office 365マーケティング戦略策定を担当。

成果を上げるための改革を

輪島文(わじま・あや)
日本マイクロソフト株式会社
マーケティング&オペレーションズ部門
Officeビジネス本部
シニア プロダクト マネージャー

日本マイクロソフトの取り組みは、“働き方改革”それ自体を目的としたものではなく、「限られた勤務時間のなかで新たなビジネスを生み出し、成果を上げていくために何をすべきか」という視点から始まったものでした。

それまで当社には多くの課題がありました。複数に分かれたオフィス間を社内会議のために移動する回数は年間でのべ5000回を超え、IT企業でありながら職場には紙が山積み。女性の離職率は男性の1.8倍に及び、組織間の協働も活発とはいえない……。そこで2011年のオフィス移転を機に、社長の大号令のもと、経営の重要課題として数値目標を設定しながら、全社的な取り組みが始まったのです。

時間の無駄をなくし、誰もが場所を問わずに活躍できる環境をつくる──。その鍵になったのが意識改革でした。それまでもテレワークの仕組みはありましたが、活用がなかなか進まない。そこで社長が率先してテレワークを行い、抵抗が予想された中間管理職の意識づけにも力を入れました。また営業担当者がお客様を訪問する際に、技術担当者がオンライン電話で商談に参加する“オンライン同行”も開始。「失礼では」と懸念する声もありましたが、専門家も交えた素早い対応が可能になり、多くのお客様にご好評をいただきました。さらに社内会議への参加はオンラインでも可ということも徹底しました。

こうした取り組みの結果、社員一人一人がより多くの仕事を効率的にこなせるようになり、一人当たりの売上げは26%アップ。社員調査における「働きがいを感じる」という回答も7%増加しました。ただ、これは仕事の“効率”を上げる、いわば“量的な改革”です。そこで現在は、AIなどを活用して仕事の付加価値を高める“質的な改革”に取り組んでいます。

日本マイクロソフトにおけるビジネスの現場での働き方改革の実践例を共有する輪島氏。

AIを活用した働き方の「見える化」で業務を改善

当社が “質的な改革”を進める上で注目したのが、組織を横断したコラボレーションによるの“巻き込み力”の強化、ビッグデータとAIを活かした社員自身の気づきによる業務改善、ITの基盤となるセキュリティの強化です。

マイクロソフトには、全世界のグループ社員が互いの在席状況を確認しながら、ネット電話、メール、チャットなどで気軽に連絡を取れる仕組みがあります。つまり必要があれば、ビル・ゲイツにもその場で直接コンタクトできる。「ちょっといいですか」というのは当社のチャットで頻繁に使われる言葉で、こうして他部門とも気軽に情報を共有し、対話を重ねていくことが、新しいアイディアを生み出し、協働を促す力になると考えています。

現場の責任者が経営会議にオンライン電話で直接参加し、事業のリアルタイムな報告を行う。(Skype for Businessを利用)
会議では紙の資料は用いず、経営層が自ら必要なデータを呼び出して分析。即断即決する。(データ分析には、同社のPower BIとSurface Hubを利用)

意思決定の迅速化に向け、会議の方法も改善しました。会議のための会議やその準備に時間をかけていては効率面でも、意思決定の速さの面でも問題があります。当社では経営会議でも紙の資料は用いず、権限を大幅に委譲された現場の責任者がネットを介して会議の場で直接報告。経営層は現場のリアルタイムの情報を得ながら、スクリーン上に必要なデータを呼び出し、その場で決断を行います。

1回の幹部会議の波及効果

幹部会議が一度行われると、各部署での事前会議や資料データ集めといった下準備、さらに部署に戻っての報告なども行われることになり、会議に出席する幹部の時間はもちろん、部下の時間も奪われていく。週一回の会議が一年間続けられた場合、150人の組織で最大30万時間が失われる計算だ。(図版は『TIME TALENT ENERGY』より)

AIを使って仕事を「見える化」し、業務改善につなげる取り組みも進めています。クラウド上にある予定表やメール送受信のデータをAIで分析すると、自分がどの仕事にどれだけ時間を使っていたかや、やり取りの多い相手・少ない相手などが分かる。さらにAIが分析に基づく率直な助言もしてくれます。無駄な会議の削減やコラボレーションの強化は生産性向上の大きなポイントですが、この働き方の見える化によって、「会議の時間が想像以上に多い」「いつも同じ顔ぶれと仕事をしている」など社員が自らの課題を強く認識でき、改善に向けて話し合う風土もできてきました。

予定表やメール送受信などのビッグデータをAIで分析し、働き方を「見える化」する(MyAnalytics を利用)

このシステムでは「営業成績の良い社員がどんな動きをしているか」といった経営視点からの分析も可能で、国内の大手金融機関でも採用されています。本システムを活用し、経営者と従業員が腹落ちする形で、生産性向上につながる“働き方改革”のための先行指標づくりが進められればと考えています。

記者の視点「日本マイクロソフトの実践例に接して」

“働き方改革”に注目が集まるなか、セミナーで多くの登壇者が指摘したのは、何のための働き方改革か、その目的を考え直す必要があるということだった。

日本マイクロソフトが過去6年で生産性26%増を実現できたのは、経営トップが「ビジネスを生み、成果を挙げるための改革」であることを明言し、意識改革をリードしながら、重要経営課題として全社的な取り組みを進めた点が大きいだろう。そして同社は現在、AIなどを活用しながら、単なる効率アップに留まらない働き方の“質”の改善に取り組んでいる。

激変するビジネス環境では、多数のコラボレーションで生み出された、時代に即したアイディアを、素早く実行に移していけるかが勝負を分ける。コミュニケーションツールの活用で社員の“巻き込み力”を高めながら、働き方の見える化で現場の社員に気づきをもたらし、重要業務への集中を促す──。こうしたボトムアップの動きを加え、トップ、ボトムの双方から改革を推進する日本マイクロソフトでの実践例は、組織の生産性向上に新たな示唆を与える好ケースといえるだろう。

動画「8分で紹介する日本マイクロソフトの働き方」>>

生産性向上26%を実現した日本マイクロソフトの働き方を社員のコメント、実際の課題を交えて紹介していく。

2月16日 日本マイクロソフト「働き方改革」セミナー開催(事前抽選制)
「経営課題としての働き方改革」
─26%事業生産性を向上させた日本マイクロソフト、先進企業の取り組み─

日本マイクロソフトが、働き方改革を経営戦略に位置付けてから約6年が経過し、大きな効果が見えてきました。その学びを企業の戦略を担うエグゼクティブの方々にお届けする特別セミナーを、2/16に開催いたします。さらに今回、岡村製作所 未来企画室室長の遅野井宏氏をお迎えし、働き方改革の推進に伴うコミュニケーション変革の実例をご紹介していただきます。
世界標準からみた“トップ戦略”の勘所を「働き方改革」を軸にして、経営を担う方、目指す方に必ずお役に立つ内容で実施いたします。是非、この機会に奮ってご応募ください。