日本の少子高齢化は目前の課題となっている。介護ニーズは高まり続け、社会保障費は過去最高額を更新している。わが家はどこまで安心して暮らしていけるのか。高齢社会を乗り越えるために、どんな視点が必要なのか。介護経営コンサルティング会社、スターパートナーズ代表取締役の齋藤直路氏に聞いた。
齋藤直路(さいとう・なおみち)
スターパートナーズ
代表取締役
大手コンサルティング会社を経て株式会社スターパートナーズを設立。一般社団法人介護経営フォーラムの代表理事として介護経営に特化した勉強会主宰。介護・医療法人のコンサルティングを行うほか、講演や行政等の委員会委員なども務める。

寝たきりの入り口にしない「フレイル」への早期対応

日本の少子高齢化はいやおうなく進んでいる。いまや65歳以上の高齢者人口は約3500万人と高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は27.3%、要介護認定率が高まる75歳以上の占める割合は約13%に上る。(『2017年版高齢社会白書』による)

「介護サービスが財源を圧迫している今、国としても在宅ケアや認知症対応など重視するサービスとそうでない部分を分けて考え始めています。並行して力を入れているのが、『健康寿命延伸』の取り組みです」

齋藤氏はこう話す。日本では医療の進歩によって長寿化が進んでいるが、元気に過ごせる健康寿命は平均寿命ほどには延びていない。2013年時点の要介護期間は女性約12.4年、男性で約9.02年で、10年近く大幅な変化は見られていない(同)。健康寿命を延ばし、介護のいらない期間をどれだけ長くするか。これが一人ひとりの暮らしを充実したものとし、同時に社会保障費抑制にも貢献するというわけだ。

「介護業界ではフレイル、日本語で虚弱を意味する言葉がリハビリの専門職を中心にいわれ始めています。これは2014年に日本老年医学会が提唱したもので、高齢期で健康な時期と要介護の中間の段階で、骨折などの疾患を起こしやすくなる手前の状態です。早期に適切なケアを行えば健康に近い状態に改善する可能性があります。健康と介護の狭間であるフレイルを見逃さず予防することで、介護を寝たきりの入り口にしないための方策が求められているのです」

いち早くフレイル状況を察知し、支えていくには、そもそも高齢者が孤立せずに介護を受けられる環境が必要となる。そこで注目されているのが、元気なうちに施設や長く住める住居に住み替えてコミュニティの一員として活動し、必要があればそこで継続的な介護を受けられる考えだ。

「国としても、要介護状態になっても住み慣れた地域で暮らし続けられるように、住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体で提供することを目指す『地域包括ケアシステム』を推進しています」

ただし日本の介護は長らく「家の中の出来事」として受け止められてきた。開かれた介護のスタイルを根付かせるには、家族への説明やコミュニティの理解が不可欠となる。

「居心地がよく、しかも地域に溶け込み、コミュニティの核となる高齢者のための住まいをつくっていくには、介護の専門知識に加えて、住居やまちづくりに関する深い知見が求められます」と齋藤氏。

そしてこれから高齢期の住まいを探す人には、こうアドバイスを寄せる。

「『お金』『立地』『入居者の介護度』などは必ずチェックしておくべきポイント。最も重要なのは、一人で悩まずに相談することです。行政や地域包括支援センターなどの介護の専門窓口はどの地域にも必ずあります。周囲の専門家の助けを受けながら、ご本人やご家族に最適な施設を見つけてください」

アジアの人材を受け入れ介護を世界に広げていく

介護業界では人材を海外から求める動きが加速している。

「高齢化と介護はそのうちアジア全体の問題となるでしょう。中国などは高齢者が1億人以上といわれています。日本は今年から技能実習生という技術移転の枠組みでインドネシア、フィリピン、ベトナム、ミャンマーなどのアジアから人材を集めようとしていますが、中国や台湾、欧米、中東との“争奪戦”の様相を呈していくことになるでしょう」

日本は2008年からEPA(経済連携協定)の枠組みを利用してインドネシア、フィリピン、ベトナムから人材を受け入れてきたが、介護職での国家資格取得などの高いハードルが設けられていた。「台湾などでは以前から幅広い受け入れを実施しており、すでに多くのベトナム人が介護現場で就労しています」と齋藤氏は指摘する。

「しかし、悲観的なことだけではありません。日本の介護現場ではロボットやAI、ITの活用を模索する動きも本格化しています。例えばベッドからの移乗をサポートするロボットスーツなどの実用化研究が進んでいます。実務の面で言えば、情報共有や記録、連携のIT活用も発展するでしょう。多様な人種が集う国では、介護職員が使う情報端末はタッチパネルで直感的な操作が可能になっています。こうしてデータ収集が進めば、AIによるケアプラン(サービス利用計画)の作成なども可能になるかもしれません。もちろん“人のあたたかさ”が重要な仕事ですが、人の作業を効率化するツールや仕組みが、実はあたたかさを支えるのです」

介護現場の効率化や負荷軽減が進めば、海外人材が介護の現場に入ってきやすくなり、より専門的なケアに専念できる環境も整うだろう。

「日本の介護現場で学んだ海外人材がいずれ母国に帰れば、彼らは自国の高齢化社会を担う人材として活躍するはずです。そうなれば、日本のロボットだけでなく『地域包括ケアシステム』そのものを海外に輸出していく契機になると思います。内閣府では『アジア健康構想』を打ち出し、介護サービスの輸出を模索しています」

齋藤氏自身、タイの日本人大使館などで日本の介護サービスなどについて講演を行うことがある。

「高齢化において先行する日本の介護はアジアや世界から注目を集めています。介護業界は『変革』の時代に入っています。これまで培ったノウハウや良さを残しながら、いかに変化に対応していくか。世界中から、その力が注目されています」