罰則なき「女性活躍推進法」は経営者の覚悟しだい
──女性活躍推進法の施行から1年、「職場で女性がイキイキと活躍していると思う」と答えた女性は34.8%、前年度よりやや下がっています。これは、どういうことでしょうか
【太田氏】法律ができたことは非常に大きな進歩だと思います。301人以上の従業員を抱えるすべての企業に「自社の女性活躍に関わる状況を把握し、行動計画を策定すること」が義務付けられ、行動計画の提出率も99%に達していると発表されていますが、じつはこの法律には罰則がないのです。
最終的には経営者の判断にゆだねられるので、進んでいる企業、そうでない企業との間に大きなギャップがあります。また、たいていの企業はいいところを見せたいので、(実態に即しているかどうかは別として)自信のある部分を自由に計画に盛り込みがちです。大々的に計画策定を謳っている企業でも、実際に女性社員に聞いてみると「まったく進んでいません…」と返ってくることもあります。
──問題は経営者の意識の持ち方にある
【太田氏】いま、多くの企業で働き方改革が進んでいますが、これは女性活躍の推進にも深く関わってきます。しかし働き方改革を実現するためには、経営者が腹をくくる必要があります。表層的に残業をなくす、有給取得率を上げるといった実態を伴わない施策を打ち出すだけでは、仕事が回らなくなる現場から反対されるのは明らかだからです。
しかも、同時に前年比越えの数値目標を達成するためには、さらなる社員一人ひとりのスキルアップが必要になり、生産性を最大化する制度やインフラの整備も不可欠になります。これは非常に厳しいハードルです。いわば経営全体を改革するくらいの強い覚悟を持って経営者は挑むべきでしょう。
女性管理職を生み出すマインドセットとは
──キャリアを積み上げたい女性が多い反面、なぜ管理職志向は低いのでしょうか
【太田氏】経営者だけではなく、女性側にも意識の切り替えが必要になります。将来的なキャリアアップに対して不安を感じるのは、圧倒的に男性よりも女性の方が多く、しかも長時間労働、残業が多い女性ほど、その傾向は強くなります。おそらく、管理職になればさらに仕事が増え、労働時間が長くなり、上司と部下の間でストレスが生じるといった負担が増えるイメージが強くなるため、それをクリアできる自信がないのです。しかも、まわりの管理職はみんな子育てを経験していない男性ばかり、女性として管理職で輝くイメージがわかない方が多いのではないでしょうか。
ただ、逆に何度も仕事で大きな困難を乗り越えた経験があり、仕事に自信を持つ女性ほど管理職志向は強くなります。女性活躍推進法は女性を優遇するものではありません。ある意味、女性側にも結果を出すという覚悟が求められます。もちろん、仕事を与える上司にも男性、女性、世代を問わず均等にチャンスを与える意識の切り替えが必要です。試練を乗り越えて自身がつくほど、仕事が楽しく、やりがいを感じるようになり、キャリアアップを楽観的にとらえるようになったという女性が私のまわりにはたくさんいます。
女性にとって働きやすい環境づくりを
──女性が求める社内制度は「在宅勤務」「時短勤務」「フレックス制」の順です
【太田氏】いずれも場所や時間に縛られずに働ける制度ですね。育児はもちろん、今後増えてくる介護もそうですが、突発的な不測の事態が起きてもしっかりと働ける環境づくりが求められているのでしょう。出産、育児というライフイベントが起きた女性は、いくら仕事が好きでも制約ができてしまいます。
私も子育てを経験していますが、しっかり働きたいときに限って子供が熱を出したりするものです。育児と仕事の両立にはとても苦労しました。そういう状況の女性がありがたいと感じるのが在宅勤務、時短制度といったフレキシブルに働ける制度です。会社が社員の多様性を認め、いろいろな選択肢を提示してくれるようになれば、社員は心理的に守られている安心感が芽生え、会社によりコミットしたい想いが生まれます。
この状態を「ワークエンゲージメント」と呼びます。かつての日本で流行した「ワーカホリック」は行動量が多い反面、そこに快適さが伴わない状態、いわゆる仕事中毒です。ワークエンゲージメントはエネルギーに満ち溢れ、仕事に対してやりがいや熱意を持ち、しかも高いエネルギーで仕事に没頭できる状態です。それを個人、組織一丸で目指していくことが真の女性活躍推進、働き方改革につながっていきます。
時間や場所に縛られない働き方にはITが不可欠
──在宅勤務、時短制度で生産性を高めるポイントは
【太田氏】やはりITをうまく使いこなすことですね。現在は育児をしながら仕事を続ける女性が徐々に増えはじめています。そういう方の共通点はITをうまく駆使していること。とくに高いITリテラシーを持っているわけではありません。移動時間、待ち時間などの5分のすきまを使って、タブレットでメールを返信したり、ノートパソコンで業務報告書を書いたり、ごくあたりまえのことをしています。
私自身もスマートフォンとノートパソコンは持ち歩き、各デバイスに業務を振り分けて少しでもすきま時間があれば使うようにしています。私が代表理事を務める「営業部女子課」は全国ネットワークですから、なかなか打ち合わせで集まることができません。そこでリアルタイムの対面コミュニケーション手段としてオンラインミーティングも頻繁に使っています。顔が見える、表情がわかることで格段に話が早くなるからです。
たとえば在宅勤務でもメールだけではなく、オンラインミーティングで声が聞ける、表情が見えることは働く側と管理側の意思疎通が円滑化できます。また、月5回の定例ミーティングの3回をオンラインミーティングに切り替えれば、大幅な時間短縮につながるでしょう。そこに経営者が理解を示し、積極的なIT投資を行っていくことで社員に喜ばれる働きやすい環境が整備され、結果的に仕事の生産効率は上がっていきます。
現在は売り手市場のため、なかなか優秀な女性社員が来てくれないという声をよく耳にします。そういう状況であれば、まずは在籍する女性社員の生産性を最大化するITインフラの整備を進めるべきです。組織にとって最大の財産は人材、優秀な人材育成のためにも社員が心地よく働ける環境をつくるべきでしょう。
漢方薬のような処方が組織を徐々に強くする
──クオリティ・オブ・ライフについて、どうお考えですか
【太田氏】働き方改革は暮らし方改革でもあります。オンとオフが互いの相乗効果として捉えて考えることが大事だと思います。一般的な会社員は1週間のうち5日は仕事というのが普通です。これは仕事が人生の大半を占めているわけで、与えられるミッション、期待される役割の中で自分自身のステージを上げていくためには、いまの仕事が楽しめるワークエンゲージメントの状態を維持することがポイントになります。
もちろん、オフを楽しむことも大切です。私自身もオフは大学で研究に没頭したり、海外に登山に出かけたりするのが大好きで、そんな人生を充実させるためにも、もっと仕事を楽しみたいと思っています。以前、ヒマラヤへ登山したとき、現地で海外のエグゼクティブに出会いました。そこで驚いたのは彼がWi-Fiを使ってオンラインミーティングをしていたのです。「1ヵ月の休暇を取っているけど、チームの仕事はうまく回っているんだよ」と言い残して、どんどん山に登っていく姿は衝撃でした。本当にITが自分たちの暮らしを豊かにしているなと実感するとともに、仕事が属人化しないように権限が委譲されていることを感じたのです。
──最後に中小企業の経営者にひとことお願いします
【太田氏】私は大企業より、むしろフットワークの軽い中小企業の方が女性活躍推進、働き方改革はうまくいくと考えています。たとえば育児中の女性がいれば、介護をする男性もいる。夜は大学に通いたい若い方もいるでしょうし、定年を迎えたけれども再雇用で働きたい年配の方もいるでしょう。いろんな制約がある社員たちの多様性を経営者が受け入れ、インクルージョンして働きやすい環境を整備していくべきです。
もちろん、働きやすいだけではだめで、仕事を楽しめる、面白いと思える体験をさせる、困難なことにトライさせるといったスキルアップの取り組みも行うべきです。環境を整備したから終わりではなく、むしろそこからがスタートで継続的に取り組んでいかないと効果は出ません。なぜなら女性活躍推進、働き方改革への取り組みは、漢方薬のようなものだからです。即効性はありません。ずっと続けていくことで、じわじわと組織体質を改善して、最終的には根本的な会社の文化、風土を強く改善していきます。まずは経営者がITを効果的に活用しながら、じっくり腰を据えて取り組む覚悟をしたほうがいいでしょう。
【事例】いち早く女性活用に取り組んだ企業が採用した解決策とは
他社はどのように取り組んでいるのか、気になる読者の方も多くいらっしゃるでしょう。北陸エリアを中心に業務を展開している「北陸銀行」は、最新のインテル(R) Core(TM) M7 プロセッサ搭載し、Windows 10を搭載した「HP Elite x2」を採用し、女性活用のための施策を実践しています。 女性活用し、社員のQoL(Quality of life:クオリティーオブライフ)を高めた北陸銀行の取り組みとは。