日本の初等教育の理論と実際の研究を使命とする筑波大学附属小学校。2017年1月、5年生のクラスで、お金の役割や活用法を金融の専門家と共に考える授業が行われた。
お金への興味が、社会の出来事への関心を喚起する
「残念なことに日本では、お金の授業はほとんど行われていません」と語るのは、筑波大学附属小学校の社会科担当の梅澤真一教諭だ。しかし、生産と消費の循環で成り立っている私たちの社会には、経済活動は欠かせない。梅澤教諭は、子供のうちから投資や資産運用について学ぶことは、経済への興味を深め、政治や社会への関心と価値判断力の育みになると、お金の使い方・活用を考える授業を計画した。
「お正月に、お年玉をもらった人はいますか?」という、問いかけから始まった「お金」の授業。「みんなは、いくらもらったの?」「500円? 1000円?」「貯金した人?」など、梅澤教諭から矢継ぎ早に出される質問に、自然に引き込まれていく子供たち。「お年玉」という身近なテーマから、お金の使い方に興味を持ってもらう梅澤教諭の作戦だ。
質問に対する子供たちからの答えが出揃ったところで、梅澤教諭は「ではもし、100万円あったら何に使いますか?」という、今日のテーマを提示した。子供たちに示された選択肢は、「物を買う」「貯める」「投資する」の三つだ。
「選択肢のなかに、投資という言葉が出てきたけれど、聞いたことがある人はいますか?」梅澤教諭の問いかけに、「お金を預けて、うまくいったら戻ってくること?」「新しいもうかりそうな仕事にお金を出して……」。
子供たちの声がだんだん小さくなってきたところで紹介されたのが、今回の授業のゲストティーチャーの大槻奈那氏だ。大槻氏は、国内外の金融機関でアナリストとして活躍。現在は、マネックス証券でチーフ・アナリストを務める傍ら大学で教鞭もとる金融の専門家だ。
使い方を考えることで判断する力を育てる
「例えば、おいしいラーメンを作る技術を持った人がいるとします。この人がお店を開こうと思ったときに必要なのは、材料を買ったりお店を借りたりするための資金などですよね。でも自分にお金がない場合は、お金をどこからか集めないといけません。そういう人に、おいしいラーメン屋さんを作ってね、とお金を渡すこと、有望だと思う人にお金を託すことが投資です。ラーメン屋さんが繁盛すれば、町にも活気が出てきます。投資にはそういう側面もあるんですよ」
大槻氏のわかりやすい説明に、子供たちはぐっと身を乗り出すように聞き入っている。投資という、耳慣れない言葉の意味を理解したところで、次に子供たちは100万円の使い方を考えた。
クラスのほとんどが「貯める」、3分の1弱が「投資する」を選んだなか、たった1人「物を買う」を選んだ男の子がいた。理由は「今しか買えないものがあるから」。「新製品が出るし、今しか買えないものはないと思う」、「貯金しても利息はちょっとしかつかないよ」「投資したラーメン屋さんが成功して、大勢の人がおいしいラーメンを食べられたらうれしい」など、それぞれの意見をぶつけ合った。
ここで再び大槻氏が、三つの選択肢についてそれぞれのメリットとデメリットを説明。子供たちは再度三つの選択肢から、自分は何を選ぶのかを考えた。終業時間が過ぎても活発な議論が交わされるなか、梅澤教諭がまとめの意見を求めた。
「それぞれいいところもリスクもあることがわかった。その時々の状況から考えて活用していきたい」
お金の使い方のテーマは、意見交換を通して価値判断力を養う授業に、ふさわしい内容だった。
「問題解決力」UPへの道
知識偏重から価値判断力、意思決定力の育みへ
梅澤教諭が大切にしたいと語るのが、価値判断力、意思決定力の育みだ。「知識はスマホですぐに調べられる時代です。考える資質を育てないと、自分から求めない、判断して動けない大人になってしまいます。自分と違う意見を聞き、なぜだろう、もっと知りたいと思うことで、広い視野で価値判断できる力が育ちます」
こうした力を身に付けるために、家庭でできることがあるのだろうか。「普段から子供に、あなたはどう思うの? と聞いてほしい」と梅澤教諭。「たとえつたなくとも、判断させれば子供は必ず考えます」
(1)交換の手段
(2)物やサービスの価値を測れる
(3)価値を貯められる