明治の日本に学んだ人材育成の手法
シンガポールは今も製造業を重視している。実際、GDPの約2割は製造業という工業国家なのだ。その理由について田辺教授は「産業連関上、製造業は雇用創出機能が大きく、開発・生産・流通で多用な人材が働くことができる」と解説する。国の繁栄のためには、とにかく「人」が大事という思想を行動で示している国という。
田辺教授は「シンガポールは人口が少なく人材を無駄にはできない。だから日本などに学びながら、まじめに人材育成に取り組んできた」と語る。
リー・クアンユー元首相の片腕として財務大臣や国防大臣を務めたゴー・ケンスイ氏は、1983年に途上国の人々を前に講演した。
「その中で明治維新後の日本を分析して、経済の変革と政治体制や社会体制の変革は不可分であり、国のためを思う志を持った人物を長くリーダーに据え、西洋の制度を検討・改良し、教育により労働者やマネジメント層の能力を向上させたと語っています」
多民族からなる国民の一体感を高めるために、独立後すぐに英語を公用語に定め、教育の目的を「経済成長に役立つ人材の育成」に置いた。
「多民族国家という環境に置かれた国民は、子供のころから異文化の間のマネジメントのトレーニングを受けているようなもの。シンガポールの人々がグローバルな経営や交渉力、マネジメントを得意としているのは、こうした土壌もあります」
外国企業とともに栄える「ウィンブルドン現象」の国
世界銀行が毎年発表している『ビジネス環境の現状』にビジネスのしやすさのランキングがあり、シンガポールが毎年のように首位を独占している。
ないもの尽くしの状態から建国せざるを得なかっただけに「常に危機感を持って国全体が変わっています。最近ではアニメやオンラインコンテンツの開発促進に当たる政府機関までできています」。国土が狭くて資源がない国という意味では日本も似た境遇にあるが、産業政策面に大きな違いがあると田辺教授は指摘する。
「第二次世界大戦後、産業や市場が国内にある日本は、海外から技術を導入しましたが、しばらく企業は入れませんでした。一方、シンガポールは国内に産業・市場がなく、技術だけでなく、企業も次々に誘致し、充実した環境を整備しては、世界から力のある企業、優秀な人材を集めています」
門戸開放の結果、外国勢が優勢になり、地元勢が淘汰される現象をテニスのウィンブルドン選手権にちなんで「ウィンブルドン現象」というが、シンガポールの場合、グローバル人材の定着によって人材の層が厚くなり、国としての魅力は高まっている。
そこに進出していった企業もまたシンガポールの優位性を活かしてグローバルなビジネスを展開。地元までもが大きく飛躍するウィン・ウィンの“ウィンブルドン現象”なのだ。
こうしたことは、シンガポールが世界各国から信頼するに値する国との評価があってこそのこと。「生産面に長けた日本も、こういう国と組むことで、ウィン・ウィンの関係を築くことができるのです」
逆境に置かれた危機感を常に成長のエンジンにしながら、ダイナミックに、しなやかに発展してきたシンガポール。ビジネスのために徹底した環境づくりに取り組むシンガポールは、日本企業の成長の場としても大きな魅力を秘めている。
(掲載の写真はすべてNDP EXCO提供)