今から100年前の1915年、カーバイド、石灰窒素肥料メーカーとして誕生した企業は、技術力を磨いて製品の高機能化を図り、さまざまなニーズに応えてきた。1980年、円高や自由化、アジア市場の拡大により、シンガポールに進出。物流機能に優れたこの地で、工場立地など政府の産業支援を受け、現地法人のホールディングカンパニー化などをフルに活用して、海外市場の開拓に努め、企業のグローバル化に邁進している。
シンガポールで生産される
最先端の商品
経済成長を続けるアフリカで、いま売れているものがある。それがファッション用のウィッグ(かつら)用合成繊維で、年率10%近い伸びを示している。
こうした旺盛な需要に応えている製品が「トヨカロン」だ。塩化ビニールの繊維で、絹のような柔らかい触感や自然な風合いで人気を集めている。
この繊維を作っているのは、無機・有機工業原料、電子部品材料から医薬に至る幅広い分野で事業を展開する日本の大手化学メーカー、デンカ株式会社(2015年10月1日に電気化学工業株式会社から社名変更)である。
日本から製品をはるかアフリカまでと思いきや、デンカでは海外向けのトヨカロンをシンガポールで生産し、アフリカなどの市場に出荷している。
「どう考えても場所として好立地ですよね」とデンカ株式会社の代表取締役社長、吉髙紳介氏は語る。
「物流一つとっても、世界トップクラスの港湾設備があり、それだけ輸送力も大きいのでコスト面でも優れています。しかも米ドル建てで取引できるので、為替リスクもありません」
物流、輸送面でのメリットや地理的な優位性に加え、シンガポールは自由貿易協定(FTA)をさまざまな国といち早く結ぶなど、成長市場に製品を出荷するうえで、日本よりもはるかに有利な条件が整っている。
シンガポール政府は工場建設から生産、販売、輸出から納税まで“ワンストップ”で対応してくれる
世界有数の産業集積と
サポート体制を活用して
デンカが初めて海外生産拠点を設けたのは1980年のこと。当時、急激な円高を背景に取引先の多くが東南アジアに拠点を移し始めた。
そこで同社も海外に目を向けるようになり、住友化学がシンガポール・ジュロン島に計画中だった石油化学コンビナートに加わる形で進出することになった。この島には世界中から多くの石油化学企業が進出。工場はパイプラインで結ばれ、世界有数の原材料のサプライチェーンが構築されている。
「お客様にも近く、当社には最適な場所でした。ドメスティックな会社がシンガポールへの進出で、グローバル化の一歩を踏み出したのです」
その後、デンカは89年、97年、2013年と、シンガポールで生産拠点を次々に増やしてきた。
このように生産拠点をシンガポールに置くことのメリットは多いが、加えて企業への政府の対応が大きな魅力だと吉髙氏は強調する。
「事業をスタートしようと決断して工場を建設、そこで生産して販売し、海外にも輸出、最後は税金を払う事業の流れがありますが、シンガポールではその業務フローをすべて“ワンストップ”で対応してくれる。当社初の海外拠点づくりも政府機関のEDB(シンガポール経済開発庁)の協力がありました。進出に当たって、最初から最後までEDBがすべての窓口になってくれたのです。当時、まだ海外展開の経験がなかった当社には、非常にありがたい支援でした。こんなにすんなり事が運ぶ国は、ほかにないでしょうね」
日本で同じ事業をやろうと思えば、いろいろな役所の許認可が絡み、建設までの期間も長期になる。
「この国は、いかに企業をサポートするかという発想からスタートしていて、ほかの国とは思想が決定的に違いましたね。シンガポールでは、海を埋め立てて工場を作ったこともありますが、何もなかった海に1年後には工場ができていて、本当に驚きました」
誘致した後も、シンガポール政府は企業を継続的に支援。製造コスト削減のため、電力料金の引き下げにつながる政策を打ち出すなど、常にビジネスの環境の効率化に取り組んでいる。