AIとともに「心を育てる教育」を考える
「人生の主役の座」は子ども自身のもの
読者のなかには、「心の教育のためにはAIはやめさせたほうがいいと著者が考えている」と思われた方がいるかもしれません。
しかし、私はそうは思いません。AIを子どもから引き剥がす必要はないですし、そしてそれは不可能だとも思います。
いま、私たちの生活の風景は劇的な変貌を遂げようとしています。かつてはSF映画のなかの出来事だと思われていた「人間のように対話する知能」が、いまやスマートフォンの画面越しに、あるいはリビングのスピーカーから、当たり前のように私たちに語りかけてきます。
生成AI。それは単なる便利な道具という枠を超え、私たちの「思考」や「判断」、さらには「生き方」そのものに深く介入し始めているのです。
子どもたちの「人間としての成長」のためにすべきこと
私が専門とする道徳教育が究極の目的として掲げているのは、単に社会のルールを守る人間を育てることではありません。
子どもたち自身が、自分自身の人生において「何がよりよいことなのか」を自ら問い、判断し、納得して歩みを進め、よりよく生きることを目指しています。
これをAI時代にあてはめていえば、「AIという巨大な知能を隣に置きながら、自分の人生のハンドルを自分の手で握り続ける強さを持ってほしい」ということになるでしょう。
AIは、私たちの内面を映し出す「鏡」です。
もし私たちが「面倒なことはすべて誰かに任せて、自分はただラクをしたい」という価値観で生きていれば、AIはその依存心を肥大化させ、私たちを「他律(外側に支配される状態)」の檻に閉じ込めます。
しかし、もし私たちが「自分の可能性を広げ、誰かのために何かを成し遂げたい」という主体性を持っていれば、AIは私たちの夢を支える最強の翼となります。
AI時代においては、AIとまったく無関係に生きていくことができません。そのなかでAIを翼に生きていけるようになるには、子どもたちが自ら、「依存」ではなく「自律」を選ぶしかないのです。

