PRESIDENT 2012年3月19日号で既報済みの「フクシマ」避難主婦らによる「メード・イン仮設住宅」の手づくり着物が、日本から世界に広がり始めている。(記事はこちら>> http://president.jp/articles/-/5639

主婦らがつくったのは福島県・飯舘村で古くから愛用されてきた「までい着」という作務衣に似た着物やベスト、装飾品など。飯舘村から福島市の松川工業団地の第一仮設住宅に避難している主婦10人がミシンや手縫いで一つひとつ縫い上げた。飯舘村は全戸計画的避難区域の指定を受け、村民はほぼ全員が他地域に避難している。PRESIDENTは千葉県柏市の百貨店「そごう」での初のまでい着展示販売会を報道、着物は2日間で完売した。売り場の一角では飯舘村の現状などを訴える写真展も開催され、NHKのニュースでも大きく取り上げられた。

これらの品々が、12月末から日本の玄関口・羽田空港ビルで常設販売されるほか、13年1月にはシンガポールの労働省主催のイベントでも販売が決定。米カリフォルニアの日本人街では、すでに複数の店舗で販売中と人気を博している。

主婦たちが着物づくりを思い立ったのは11年秋。仮設住宅の住民の大半は老人や中高年の主婦。飯舘村は農業が盛んで老人や主婦はその担い手だったが、避難先では仕事がなく家にこもりがち。うつ病や認知症の進行が懸念された。

そこで団地の管理人の佐野ハツノさんが仮設暮らしの50~80代の主婦に呼びかけ、10人で着物づくりが始まった。着物の材料は全国から寄付された古着や余った布。ミシンなどの裁縫器具も企業などからの寄付だ。主婦らの活動を支援するジャーナリストの浪川攻氏が語る。

「放射能汚染のせいで飯舘村での農業・酪農再開は難しい。村に着物工場をつくって働きたいというのが佐野さんたちの願い。そこで企業などに協力を呼びかけ、羽田空港ビルが『道の駅』に倣って『福島・空の駅』コーナーを設けてくれることになった。シンガポール政府からも提案をいただいた。カリフォルニアの日本人街では、地元の米国人の大学教員や日本からの留学生らの働きかけで、常設店舗が徐々に増えています」

復興予算を無関係な分野に流用して恥じない国政の担当者たちに、主婦らの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。