AIによる合理化で、企業はどうなるでしょうか。当然、生産性は上がります。しかし人間は社会的な動物で自分のポジションや役割にこだわりますから、AIの進化によって仕事がなくなる現実を受け入れられません。あたかも自分が重要な役割をしているかのごとく振る舞う状況が、必ず起こってきます。

生産性が上がって職場の人数が少なくなっても、ポジションを減らさないためにブルシットジョブ(無意味でどうでもいい仕事)は増え、管理職ポストの数も変わりません。たとえばメガバンクでは、支店の統廃合によって支店長が減る代わり、法人取引を独立させた支社をつくって支社長ポストを新設したりしています。こうしたポジションに、今後は「AIクソ上司」が君臨することになるのです。

企業はどんどん政界に似てくる⁉

管理職に必要な能力は、3つあります。「判断を下す力」「ビジネスに関係する人々(部下やステークホルダー)の能力・特徴を評価する力」「人を動かす力」です。AIは洞察や分析に長けているので、初めの2つは得意です。すると、こうした分野で力を発揮していた上司たちの実力は、AIの普及によって平均化されます。

3つめの言語を駆使して人の心を動かす、いわば統率力はAIの苦手分野です。非論理的に他人の感情に訴える能力では、この先もずっと人間が上なのです。そこで勢いづくのは、文系のエグゼクティブでしょう。なぜなら、論理的・分析思考の理系能力をAIで補足できるからです。言語能力と統率力はあるけれど分析力や洞察力に欠ける上司は、AIによって強化され、非常に強力な上司になっていきます。

上司はこうしてAIを使いこなす!
生成AIに仕事のアドバイスを求めるのが日常になり、最適な仕事のツールとして用いるようになった上司のイメージ。※出典=鈴木貴博著『「AIクソ上司」の脅威

会社の上司にもっとも求められるのは、つまるところ統率力であり、その源泉となる言語能力です。したがって、この分野を苦手とする生成AIが人間を支配することは、当面ありません。我々を支配するのはAIではなく、「AIによって強化された人間」です。上司が部下を支配する構造に変わりはないのですが、はるかに手ごわい敵になるわけです。

これは、自民党の権力構造に似ています。実力者と言われる政治家をよくよく観察すると、特に舌鋒が鋭いわけでも、知性がほとばしっているわけでもありません。どんな人が上に行くのかというルールが見えないまま、何となく力を発揮して権力を握り、派閥の幹部になっています。

企業においても、なぜあの人が偉いのか、腑に落ちない未来がやってきます。論理的ではない義理と人情の浪花節だったり、恫喝だったりを繰り返しながら序列が決まっていく、政界のような世界が広がっていくのです。

簡単に言うと、生成AIによって武装した口先のうまい人たちが、出世する世の中になっていきます。国会答弁のうまい議員みたいな上司がビジネスの現場に溢れ、テレビの国会中継で噛み合わないやり取りを観てフラストレーションを溜めるような会社生活が、やってくる危険性があります。

これからは居心地のいい職場が消えていくでしょう。昭和は生産性は低いけれども居心地はよかった。家族主義で、普通に仕事をしていれば成果も給料も上がったからです。それが転換期だった平成を経て、令和はまったく新しい時代になるのです。

“イカれた経営者”はAIを凌駕するのか

「GAFAM(グーグル、アップル、メタ〔旧フェイスブック〕、アマゾン、マイクロソフト)」にテスラとエヌビディアを加えた先端テクノロジー企業7社を、「Magnificent7」と呼びます。こうした巨大IT企業の創業者は、いい意味で“頭のイカれた人たち”です。誰も思いつかない未来を発想し、普通の人の何倍も働いてイノベーションを実現します。

凡庸な上司でさえ生成AIによって強化されるのですから、元から並外れた資質と能力を持つ人たちは、とてつもなくパワーアップされます。世界を支配するよりも世界を変えるほうに関心を持つ、いわば「イーロン・マスク軍団」の出現です。彼らこそ、「AIクソ上司」の対立軸です。

テスラ社CEOのイーロン・マスク氏
テスラ社CEOのイーロン・マスク氏。ユニコーン企業の意思決定が早い経営者は、社内のポジション確保に汲々とする「AIクソ上司」の対極の存在と言える。

この2つの陣営はどちらが勝つのでしょうか。私はどちらにも勝利の可能性があると思っています。