核家族の背後にあるもの

よく使われる「崩壊した家族」「混合家族」(私が育ったような家族)や「拡大家族(extended family)」といった言葉は、家族の定義が「崩壊していないもの」「混合ではないもの」「限定されたもの」である場合にのみ意味を持つ。そういった家族を私たちが目にするのは、テレビ、映画、それからインスタグラムのようなSNSのプラットフォームである。そこは、「母性ビジネス」という絵に描いたような完璧な家族を最大の商品とする営利事業の最高のプレゼンテーションの場になっている。

ペギー・オドネル・ヘフィントン『それでも母親になるべきですか』(新潮社)
ペギー・オドネル・ヘフィントン『それでも母親になるべきですか』(新潮社)

キャスリン・ジェザー=モートンは、「インスタグラムは、核家族の純粋な広報だ」と述べている。「そこでは、育児がコミュニティの中で共有されてきたことや、家族間で協力し合って子育てをしてきたことが、まったく無視されている」

ジェザー=モートンは、モントリオールのコンコルディア大学で社会学の博士課程に在籍しており、博士論文で、「ママ領域(mamasphere)」と名付けた現象について解説している。ママ領域とは、SNSで家庭や結婚生活、子どもたちを紹介することで(時には大きな利益を生む)ビジネスを展開する女性たちの、拡大し続ける世界のことだ。

ジェザー=モートンは、このビジネスの文脈上、「核家族だけを取り上げる方が、イメージのコントロールがしやすい」と説明する。「例えば、週に2回子どもの世話をしてくれる近所のジャニーンに、娘の髪を写真映えのする縦ロールに巻いてほしいとは頼まないでしょう?」

その結果が「ママ領域の大半における、完全に歴史から切り離された家族生活の表現」だ。それが視聴者が憧れるものであることを、私の方から付け加えておこう。

家族単位の孤立、核家族への「後退」

しかし、家族単位の孤立は、オフラインのごちゃごちゃしたインスタ映えしない現実の生活にも存在する。

アメリカが過去2世紀にわたり、核家族へと後退してきた流れが、今の時代に強化されたのは、ひとつには、現代生活の需要が変化し、すべての人の行動範囲が狭くなっているのが理由だ。最近のある調査では、ミレニアル世代の5人に1人以上が、パートナーや近親者以外の友人がひとりもいないと答えており、この割合は、ブーマー世代やX世代よりもはるかに高い。また、アメリカ人の3人に1人が、新しい友人を作るのが難しいと答えている。よくある理由は? 「私は忙しすぎて、友人関係を築くことができない」というものだ。

とりわけ親世代にとって、友情は、家族の存続のために犠牲になってきた。家族全員に日々の食事を与え、子どもに服を着せ、物質的・感情的な欲求の少なくとも一部を満たす必要があるからだ。

ジュリー・ベックはアトランティック誌に「あなたは家族から離れられず、配偶者を優先する」と書いている。私たちのキャパシティに余裕がなくなったときに「打撃を受ける」のは友人関係、つまり、法律や血縁関係ではなく、時間をかけ、関心を持ち、いたわり、そばにいる、といった「贈り物」を、継続して交換し合うことで維持されている関係なのだ。

心のドアを開ける関係性を築くには時間と感情面のエネルギーが必要だが、その両方を持ち合わせていない人があまりにも多い。

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