傍聴席には家族はひとりもいなかった

教員時代のように、子どもとともに学ぶ仕事がしたいという茂雄の意欲は、ただの見守りボランティアで消化することはできなかった。社会に居場所がなく、不全感ばかりが募る毎日のなかで、誰かに頼られたい、必要とされたい、昔の自分を取り戻したいという欲望が、子どもに特別な関係を迫るという歪んだ犯行を招いてしまった。

茂雄の裁判の日、傍聴席に家族は誰もいなかった。尊敬していた父、夫が腰縄をかけられ、被告人席に立つ姿を目の当たりにするのは家族にとって残酷である。

茂雄には執行猶予付き判決が下され、釈放後は老人ホームに入居することが決まった。妻とは判決確定後に離婚し、それぞれ、老人ホームで暮らしている。

突然、強制わいせつ罪で逮捕された父親

木下健一郎(70代)は、定年退職後まもなく妻を亡くしてから独りで生活するようになり、半年前から、かつての部下の50代の女性と交際を始めていた。何も知らない健一郎の長女・奈津美(50代)はある日突然、弁護士を名乗る人物から、父親が元交際相手の女性を自宅前で待ち伏せし、抱き着くなどして強制わいせつ罪で逮捕されたという知らせを受けた。

奈津美は頭が真っ白になり、一瞬、詐欺の電話なのではないかと警察署に電話を入れると、父親は確かに勾留されていた。

電話に怯える女性
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
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奈津美は弁護人の勧めにより、被害者との示談交渉に立ち会うことになった。被害女性は奈津美とほとんど年齢が変わらない女性だけに、奈津美は非常に気まずかった。しかし、被害女性は父親の元部下だったこともあり、被害届を出すかどうか、家族への影響も考えて躊躇したといい、終始、穏やかに対応してくれた。

健一郎と女性は、かつての上司と部下として、月に一度のペースで食事をしていた。ある時、健一郎から交際を申し込まれた女性が承諾すると、健一郎から毎日のように電話がかかってくるようになった。

健一郎は、女性と昼食を一緒に取りたいと会社にお弁当を持って迎えに来るようになった。帰宅時にも会社に車で迎えに来るようになり、最初はうれしかったが、健一郎に合わせようとすると、仕事のペースに支障が出るようになった。

女性は、デートは会社から離れた場所がいいと健一郎に頼むと、会社に来られることはなくなったが、今度は自分の家で一緒に暮らそうと言い始めた。健一郎の態度が負担になってきた女性が別れを切り出すと、健一郎は会って話がしたいと自宅に押し掛けてくるようになった。