MLB移籍に反対する声

こういう形で、トップクラスの選手を輩出したNPB球団は莫大な臨時収入を得ることができる。各球団は、このポスティングフィーで本拠地球場を改修したり、2軍施設を充実させたり、ファンクラブ向けのサービスをグレードアップさせたりしている。

ソフトバンクのように、原則ポスティングでの移籍を認めていない球団もあるが、海外FAで移籍させるよりもメリットが大きいと考える球団が増えてきつつあるのが現状だ。

しかし一方で、ポスティングシステムによるNPB選手のMLB移籍に反対する声も根強くある。

昭和の名選手などを中心に「日本の野球選手は中学、高校と厳しい指導者に鍛え上げられてトップ選手になり、プロに行った。プロでも経験豊かな監督、コーチ陣の指導で一人前の選手になったのだ。そうした恩を忘れて、自分一人で一流になったように思うのはおかしいのではないか? ちょっと活躍したからといって、すぐにアメリカに行くのは、われわれの時代からすれば考えられない」といった声が上がっている。

そうした野球人の中には「プロ野球入団時に球団からもらった『契約金』を球団に返納すべきだ」と言う人もいる。

また、ポスティングや海外FAで移籍した選手が、MLBで活躍できなかった際にNPBに復帰するのを「アメリカに挑戦したのは、相当の覚悟だったはずだ。ちょっと失敗したからといって簡単に帰ってくるのはあまりに安易すぎる」として「MLBに移籍した選手は、簡単に復帰できないようなルールを作るべきだ」という声もある。

選手たちの意思を止めることはできない

しかしそれは「昭和の野球観」というべきものだろう。現代では、MLBに行くようなトップクラスの選手は、少年時代から大きな志を抱いている。それは「夢」というにはるかに具体的なものだ。

大谷翔平は高校時代に「曼荼羅まんだらチャート」と呼ばれる目標達成シートを書いていた。これは9×9の81マスの中に、自分の将来の夢や目標をストーリーにして書き出すものだ。

大谷はこのチャートに「ドラフト1位で8球団から指名される」から「スピード160km/h」「変化球」「体づくり」から「運」「人間性」まで、自分が努力すべき目標を書き出し、そのための努力を重ねてきた。

もちろんコーチ、指導者の指導を受けてきたが、大谷は常に、どうすべきか、どうあるべきかの選択を自身の意志で行ってきた。そして、2012年、高校3年の大谷翔平は「MLB挑戦」を宣言するに至る。ちなみにドジャースはすでにこの時、大谷に声をかけていたとされる。

北海道日本ハムファイターズは、そんな大谷翔平を1位で強行指名した。日本ハムは大谷を説得するために『大谷翔平君 夢への道しるべ〜日本スポーツにおける若年期海外進出の考察〜』と題した企画書を用意してプレゼンテーションをした。

関係者によればプレゼンを受けた大谷は、一言も言葉を発せず黙って大人たちを見返した。その目は明確に「わかったよ!」と物語っていたという。以後も、大谷は自分の意志で道を選択し、MLBに挑戦し、その頂点に立ったのだ。