藤原道長の父・兼家は、どんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「平安貴族にとって一番の関心事は自分の出世だった。そうした貴族の中でも、兼家は特に出世欲が強かった」という――。

平安貴族にとって唯一の生きがい

藤原道長(柄本佑)は、まひろ(吉高由里子演じる紫式部)に自分の身分は伝えずに、自身を取り巻く環境について、「俺のまわりのおなごはみな淋しがっておる、男はみな偉くなりたがっておる」と説明した。NHK大河ドラマ「光る君へ」の第3回「謎の男」(1月21日放送)での話である。

藤原道長
藤原道長(画像=読売新聞社「日本国宝展」/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

実際、平安貴族たちはみな「偉くなりたがって」いたようだ。山口博氏は「官位と女と富のトライアングルこそ、王朝貴族のいきがいであり、人生の目標であった」と書く(『悩める平安貴族たち』PHP新書)。

だから、たとえば藤原道長は、息子のひとりが出家するといい出したとき、「どうしてそんなことを思い立ったのか。何か辛いことでもあるのか。私が気に入らないのか。官位が不足なのか。それとも、何としても手に入れたいと思っている女のことか」と尋ねたという(同書)。

官位が上がればおのずと富もついてくる。それと女。当時の貴族の男性にとって、人生の希望といえば、それしか思いつかなかった、という話である。

出世とは端的にいえば、貴族の位階を一つずつ上がっていくことが基本だった。当時の貴族社会において、個人の序列は明快だった。すなわち、正一位から少初位下まで位階が30階級に分かれ、そのどこか位置づけられる。

大臣になれば3億円の給与

まず、一位から三位までがそれぞれ、正と従に分かれる(正一位、従一位、正二位、従二位、正三位、従三位)。この6階級が上流貴族で、いわゆる公卿の身分である。

続いて四位と五位は、正と従のほか、上と下にも分かれていた(正四位上、正四位下、従四位上、従四位下、正五位上、正五位下、従五位上、従五位下)。この8階級が中流貴族に該当する。

そして、六位の正と従、上と下の4階級は、法的には貴族ではないものの一般には下級貴族とみなされた。ここまで18階級で、さらにその下に、正七位上からの12階級があったが、そこに位置する者は事実上、貴族とは認められていなかった。

貴族たちは実績を重ねて位階を上げ、その位階に見合った官職に就いた。官職とは、たとえば左右大臣や内大臣、大納言、中納言、参議……といった役職のことで、男はこうした階段を一歩一歩上ることを生きがいにした、というわけだ。

実際、従一位や正二位の大臣にでもなれば、俸給はいまでいえば軽く3億円、4億円に達し、そのほかにも、各国の地方官から贈り物が山のように届けられるなど、おのずと巨万の富を手にすることにもなったという。