名古屋での日常に戻ってからも、40個の対義語をどうクリアするかを考え続けた。そうして、最も重要なポイントは「空気」だと気づく。

「普通の建築って硬い、重い、(価格が)高いでしょう。硬くて重いものを使えば手間がかかって値段が上がるし、時間をかければそれだけ価値のあるものだと思って、お客さんもお金を払う。でも、被災者が使う仮設住宅もそれでいいのか。だから僕は、基本的に人が生きる際にどこにでもあって無料で使える空気を使おうと思ったんです」

空気は、トップレベルの断熱材として知られる。軽くて薄いダウンジャケットが温かいのは、羽毛や化学繊維が空気の層を形成するからだ。

屋外用のインスタントハウス
筆者撮影
「ホイポイカプセル」から発想した屋外用のインスタントハウス。

閃きをもたらしたフランスパン

北川さんは、サブカルから急ハンドルを切って「空気をまとう住宅」の開発に乗り出した。風船、布団、食器洗い用のスポンジ、シャボン玉など「空気」に関わるいろいろな素材で実験を繰り返した。失敗続きだったが、それを重視した。

「多くの人は、失敗するとわかっていることはやらないと思います。でも、失敗して初めてわかることもあるんですよ。失敗しないと現場的な感覚も改善のポイントもわからない。失敗の先に、なにかあるはずなんです」

5年間、たくさんの失敗を重ねた北川さんは、2016年10月のある日、地元のイオンモールのパン屋さんでフランスパンを目にして、閃いた。

「フランスパンって外側は硬いのに、中身はフワフワで芳醇ほうじゅんだ。しかも、オーブンに入れたら自然に膨らむ。この構造を使えないか⁉」

にわかに頭が高速回転を始める。パズルのピースがカチカチとはまっていくように、テントシートに空気を送り込んで、内部に断熱材を吹き付けるというアイデアが思い浮かんだ。

数日後、北川さんは大学の運動場にそれまで協力してくれていた建築学の先生、断熱材メーカーの担当者、大工、学生など関係者を集めて実験を行った。そこにいる全員が「できないだろう」と考えていたし、北川さんも大きな失敗でいいと思っていた。

ところが実験開始から15分、そこにはインスタントハウスの原型ともいえる2畳ほどの空間ができあがっていた。予想外の展開に、周囲から「うわーっ!」と歓声が上がる。近くにいた4人がそれをヒョイッと持ち上げるのを見た時、北川さんは鳥肌が立った。

「ついに40項目をクリアした!」

屋外用のインスタントハウス
筆者撮影
雪が積もっても潰れないように45度の傾斜がついている。

安心できる住まいを提供したい

そこからは、改良を重ねていく日々。安くて、快適で、早く簡単に建てる技術が確立されてくるにつれ、仮設住宅に限らず、土地さえあればどこにでも置けて、簡易な住まいとして使えることがわかってきた。それは、世界の経済格差や貧困問題にも貢献できる可能性を示す。

「2000年の段階で、世界の10人に1人が壁のある家に住めていないと国連の統計で出ています。建築の専門家として、そういった人たちに、ひとつでも安心できる住まいを提供してからこの世を去りたいと思うようになりました」

2018年、名工大の大学院工学研究科教授に就いた北川さんは翌年、産学連携していた株式会社LIFULLと共同で、名工大発ベンチャーの「株式会社LIFULL ArchiTech」(ライフル アーキテック)を設立。インスタントハウスを世界に広めるために、本格始動した。 

屋外用のインスタントハウス
筆者撮影
卒業生の山田さんとともに屋外用インスタントハウスの床に断熱材を敷き詰める北川教授。