交尾器をメスの腹に突き刺す

――トコジラミはどのように繁殖するんでしょうか。

成虫の寿命は数カ月から1年以上におよびます。メス成虫は1日に数個の卵を隠れ家に産み付け、生涯では100~200個以上の卵を産みます。

卵は細長いナスのような形をしていて、上部にあるフタのようなものがパカッと開いて幼虫が出てきます。幼虫は脱皮を繰り返しながら1カ月以上かけて成虫になります。やっかいなのは、蚊の幼虫(ボウフラ)とは違い、トコジラミは生まれたての幼虫の段階から吸血するところです。

トコジラミの生態で生物学的に面白いのが「外傷性授精」という習性です。英語では「traumatic insemination(トラウマティック インセミネーション)」と言います。

一般的に昆虫はメスのお尻の方にある交尾口で交尾をしますよね。でもなぜかトコジラミは、オスが鋭い針のような交尾器をメスのお腹の節と節の間に突き刺して、そこから精子を注入します。注入された精子はメスの体液の中を泳いでいって卵巣に到達し受精するのです。

トコジラミのグロテスクすぎる交尾の様子
画像提供=産業技術総合研究所
交尾中のトコジラミ。オス(上)はメス(下)の腹面右側に針状の交尾器を突き刺して、精子を体内に注入する。

トコジラミのオスの精巣は非常に大きい

【深津】そのためトコジラミのメスはなかなか大変です。メスの体壁に穴を開けて射精するわけですから、メスはその傷によって感染症のリスクが上がり寿命が短くなるという研究もあります。

飼育環境下など、密度が高く複数のオスがメスを奪い合うような状況では、何匹ものオスに交尾器を突き刺されてしまうことも。

ちなみに、トコジラミのオスの精巣は驚くほど大きいんです。それは「外傷性授精では大量の精子を注入する必要があるから」「他のオスに負けないための精子競争」などの理由が推測されます。

ならばふつうのやり方で交尾すればいいのでは、と思ってしまうのですが、なぜこのような奇妙なやり方をするのか、いまだに謎です。

一方で、メスの方にも対策はあるようです。メスのお腹の右側の交尾器を刺されやすい場所には、「スペルマレージ」という器官があります。そこには免疫細胞が集まっていて、外傷性授精によるダメージを軽減する役割を担っているのではないかと考えられています。

こんなわけのわからない交尾システムではありますが、オスの側もメスの側も、進化の過程で特別な構造へと特殊化しているんですよね。

外傷性授精はトコジラミの他に、ハナカメムシやネジレバネなどの昆虫でも知られていますが、言うまでもなく例外的な、かなり珍しい交尾のやり方です。