「私の父はもしかして異常ではないか」

小学生のとき、高戸さんは友達に、「うちのお父さんはやさしいよ」と言われたことがきっかけで、「もしかしてみんなのお父さんは怖くないの?」という疑問を持ち、クラスメイトに父親のことを聞いて回った。すると、父親に暴力を振われたことのある子は一人も見つからなかった。

「私の父は異常だということに気付き、愕然としました。祖父母も親戚も世間体ばかりを気にする冷たい人たちで、『子どもは親に孝行をするものだ』という考えで凝り固まっていましたし、父から庇ってくれない母を信頼できない私には、他人を頼るという発想自体、できませんでした。私は異常な鬼父の棲む家で、経済的に自立するまで暮らさなければならない。その残酷な現実に大きなショックを受けました」

やがて高戸さんは、自分の境遇について考えることをやめることにした。「考えるのをやめること」が、逃げることも一人で生きることもできない子どもだった高戸さんができる、唯一の対応策だったのだ。

高戸さんは現実逃避をするために、かわいいキャラクターグッズをお小遣いで買い求め、その世界に没頭するようになった。

しかしそんな努力も虚しく、あるとき父親が高戸さんの部屋を訪れると、「あーあ! ガキは暇でいいよなあ! そんながらくた散らかしてんじゃねえ! 今すぐ捨てろ!」と言い、“宝物たち”を捨てさせた。

「父親に絡まれると私は、自分の命を守るフェーズに突入します。『これはゴミなんだ』と思考停止し、黙ってゴミ箱へ捨てました。以来、私は大切なものをコレクションするという概念がよくわからなくなってしまいました。恐らく、自分の大切なものを大切だと思える心までも鬼父にゴミ扱いされてしまったからだと思います」

「本来の私」を殺していく母親

高戸さんは小学校に上がった頃から、毎日遊ぶ暇がないほどの習い事をやらされていた。その上、コンクールなどでは常に結果を出し、学校の成績も常に上位であることを強いられた。それができなければ、容赦ない叱責と追加の課題を指示され、場合によってはより厳しい習い事への変更や、塾の追加受講が決まることもあった。

算数の問題を解いている子どもの手元
写真=iStock.com/Hakase_
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「妹は見た目が良く、両親からかわいがられていたので性格もまっすぐ育ち、存在しているだけで母にとっては自慢の種で、“そのままの姿”で許されていました。しかし私は見た目が悪く、気が強くて全くかわいげのない子だったのです。なので母は、『この醜くかわいげのない子を自慢できる子に仕立て上げなければならない』と思ったのでしょう」

筆者も子どもの頃、母に「かわいげがない」とよく言われた。そのせいか自分は今でもかわいげがない人間だと思っているが、最近娘から「お母さんかわいいよ」と頭をなでられて喜んでいる。おそらく高戸さんも同じように、母親からかけられた呪いのせいで、40代となった現在も自分はかわいげがないと思い込んでいるのだろう。

新しい塾に行くことになると、決まって母親は高戸さんを伴って講師室に乗り込んだ。そして大声でこう挨拶するのだ。

「この子は本当にバカでどうしようもなくて困っているんです! 先生方には本当にご迷惑をおかけしますが、このバカが少しでも治りますように、毎日居残り特訓してください! どうぞよろしくお願いします!」

頭を下げると母親は颯爽と去り、高戸さんは一人残される。教員たちは驚きと気の毒そうな表情で戸惑っており、高戸さんは恥ずかしさといたたまれなさで顔を上げることができなかった。

「“そのままの姿”で許される妹と違い、私は母から課せられたものに対して、すべて優秀な結果を出さないと“この家にはいられない”という強烈なメッセージを常に感じていました」

本来の高戸さんは、一人で空をぼんやり眺めながら空想したり、家でのんびり絵を書いたりして過ごすのが好きな子だったが、その“本当の自分”の存在は許されなかった。

高戸さんは6歳くらいの頃、一度だけ母親にお願いしたことがある。

「お母さんと窓辺で景色を見ながらおしゃべりしたい。2人だけでゆっくり過ごしてみたいな」

しかし言い終わるか終わらないかのタイミングで、「うるさい! そんな暇ない!」と遮られた。それ以降高戸さんは、自分の気持ちを母親に伝えることをやめ、自分の本当の気持ちを押し殺すようになった。