硫化水素は「ゼロにはできないが…」

10月12日のトヨタと出光の共同会見で、筆者は硫化物を電解質の材料とする全固体電池の安全性について質問をした。

これに対し、トヨタの海田啓司先行開発センター長は次のように答えた。

「材料、電池アッセンブリー(組み立て)、電池システム、車体と、4重の安全システムのメドはついている。全固体電池も(同電池搭載の)EVも、安全なものをお客様に届けていく」

出光の中本肇専務は次のように答えた。

「材料そのものは、硫化水素の発生を抑える設計を組み入れている。ゼロにはできないが、できる限り(硫化系ガス発生を)抑えていく」

両者とも「技術の詳細は申し上げられない」とした上での発言である。

10月26日~11月5日の日程で開催された「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」のトヨタの展示ブース
撮影=プレジデントオンライン編集部
10月26日~11月5日の日程で開催された「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」のトヨタの展示ブース

電池パックは気密が徹底して保たれているので、よほど大きな事故でない限りパックは壊れないだろう。だが、事故をはじめあらゆる事象に対して、硫化物固体電解質が大気に触れるのを完全に防げるかといえば、それは不可能だ。ゼロにはできない。

渋谷のスクランブル交差点といった多くの人が集まる場所で降雨時に発生した衝突事故、あるいは首都高トンネル内での車両事故……。想定される最悪の環境下において発生する硫化系ガスが、人体に影響を与えない閾値を考慮した電池セルの設計は必須となる。

火災事故を起こしたテスラは、なぜ売れたのか

一方、テスラは液系リチウムイオン電池でEVの量産を進めてきた。2013年には、テスラ初の量産EVである高級セダン「モデルS」が、5週間で3件の火災事故を起こし、米道路交通安全局(NHTSA)が調査する事態に陥った。

相次ぐ火災事故から、“火の元”であるリチウムイオン電池を供給するパナソニックの経営にも、延焼する(悪い影響を与える)と予想された。が、7万ドルから10万ドルもするモデルSは、その後も売れ続けて、先行していた日産「リーフ」の販売台数を抜き去ったばかりか、EV市場そのものを拡大させていった。

液系リチウムイオン電池搭載のEVで発生する火災事故を、米国の社会がある程度受容した結果だったろう。モデルSは富裕層の一部にとっての、「成功の証」となる車であり、いわばステータスシンボルだった。当時試乗してみたが、現実に走りは力強かった。

本来は、想定できる火災事故を事前に説明するのが、リスクコミュニケーションのあるべき姿だったろう。しかし、商品力が火災リスクを上回っていった。ちなみにリーフは「環境意識の強い人」に向けて商品化されたのに対し、モデルSは富裕層向けだった。金余りの時代から、急に富裕層になった人数は膨らんでいた。