「論理じゃなく、直感力でやれば物事はうまくいく」。そう書かれたビジネス書をよく見かけますが、果たしてそれは正しいのでしょうか。たしかに、経営上の決断を、その人の直感力に頼って正しく判断できたケースもあるでしょう。ただ、忘れてはならないのは、「直感力に頼って潰れた会社も膨大にある」ということです。

信州大学 人文学部准教授 
菊池 聡

1963年、埼玉県生まれ。専門は認知心理学。

ただの偶然とは思えないような神秘的な一致が起こることはしばしばあります。たとえばペニシリンは、実験中のシャーレに、偶然青カビが紛れ込んでいたのを見た科学者の、“直感”で発見された。こうした「偶然の一致」は、科学の発展の歴史にはなくてはならないものです。

ただ、発見というのは、科学者が常にそのことを考えていたからこそ生まれるわけです。偶然の一致が生み出す「発見」があまりに脚光を浴びてしまうがゆえに、科学のもう一つの重要な「正当化の文脈」――思いつきや発見が本当に正しいか検証し、裏付けする段階は見逃されがちです。この裏付けの段階を怠ると、単なる偶然の一致を特別な何かなのだと後で意味付けしてしまうのです。

背景に意味のある「偶然の一致」とそうでないものの違いを見分けるために、ビジネスの現場における「偶然の出会い」を例に挙げましょう。

たまたま会いたかった人に出会って、その人と一緒に仕事をする機会を得ることがあります。この場合、出会いそのものは偶然でも、もともと企画を温めていたり、出会いから触発されて企画したりすることによって偶然が「必然」に変わるわけです。これは意味のある「偶然の一致」です。

一方、何の裏付けもない「偶然の一致」はというと、偶然出会って、偶然仕事がうまくいっただけなのに、「あの出会いは運命の導きだった」というように、背景にまるで何かがあったかのように思い込み、なんとなくうまくまとめてしまう。