農業未経験からドラゴンフルーツ栽培を始めた

上間さんは、ドラゴンフルーツと関わって四半世紀になる。もともと琉球政府の公務員で、農業は未経験だった。亜熱帯にあり平均気温が23度という沖縄の強みを発揮できる作物を探していて、ぴったりだったのがドラゴンフルーツだった。どうせやるなら自分で栽培しなければと50代で一念発起した。

糸満市で1ヘクタールほどの農地を借り、大規模な栽培に挑戦する。栽培の盛んな台湾に渡って技術の習得にも努めたが、失敗した。読谷村で再起を期し、栽培面積を徐々に増やして33アールまで広げた。

ドラゴンフルーツの生産を広めようと、栽培を希望する人に自らのノウハウを伝え、苗を譲り渡してきた。20代の若者が2人技術を学びに来ていて、近く30代の1人が加わる見込みだ。

2023年は新たに農地を拡張する予定で、今後、沖縄の生産者としては、最大級の生産量に達するはずだと見込む。

著者撮影
箱詰めされた上間さんのドラゴンフルーツ。読谷村のふるさと納税の返礼品にも選ばれている。

ドラゴンフルーツなら、33アールを家族で経営したとして、1000万円以上の売り上げを立てられるという。ドラゴンフルーツは生命力が旺盛で、沖縄の気候に適している。水や肥料などにかかる経費は「高が知れている」という。

「露地栽培で生産費を抑えておいしいものを作って、全国に提供する。物珍しさで売っちゃダメで、誰でも食べられて、おいしいものにする。ドラゴンフルーツは、読谷村の代表的な作物にできるんじゃないか」

上間さんはこう期待している。読谷村も、村長が上間さんの畑を訪れたり、ドラゴンフルーツをふるさと納税の返礼品に加えたりと支援する姿勢をみせる。

沖縄行政はドラゴンフルーツの普及には消極的

一方で、ドラゴンフルーツに対して、沖縄の行政の動きは概して鈍い。

「沖縄はいま、ドラゴンフルーツを語るほどの資料も実績もないですね。県は品種を開発して力を入れてはいるけど、市町村がほとんど動いていないです」

上間さんは、悔しげに話す。

同県内での栽培面積は2020年に5ヘクタールに過ぎなかった。

ドラゴンフルーツは、茎の一部を切って植えれば増やすことができる。上間さんは、大きな実を結ぶ優良な株を選抜して増やしてきた。

「ドラゴンフルーツの生態について、学術的に解明されていないんです。地元の大学の先生に研究してくれませんかと話したら、予算がおりて研究費が付く研究しかできませんと言われて」

その研究者が当時対象としていたのは、沖縄のとある伝統野菜だった。地元で細々と流通するものの、「マーケットがいくらもないようなもの」。ドラゴンフルーツが広まれば、沖縄の少なくない農家の所得が向上すると考える上間さんにとって、その研究は趣味の延長線上にあるように映った。

上間さんの畑
筆者撮影
上間さんの畑