自閉症の子どもは津軽弁を話さない。そんな妻の一言をきっかけに、心理学者の松本敏治さんは研究成果を『自閉症は津軽弁を話さない』(角川ソフィア文庫)にまとめた。著書は大きな反響を呼んだが、そのうち自閉症児でも周囲の人との関わりのなかで方言を話すようになる子がいることもわかってきた。続編『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ』(同)の刊行にあわせて、松本さんの自著解説をお届けしよう――。
小さな女の子
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まったく予期しない事例が見つかった

「自閉症の子どもで方言を話すようになる子もいますよね?」

ある学会での自主シンポジウムが終わり部屋をでたところで、関西の特別支援学級の先生から声をかけられました。

私は、「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよね)」という心理士の妻の一言をきっかけに“自閉スペクトラム症の人々は方言を話さないのか?”という研究を行ってきました。調査は、自閉スペクトラム症の人々の方言使用が少ないという印象が全国で見られることを示し、一連の研究結果を本(『自閉症は津軽弁を話さない』福村出版/角川ソフィア文庫)にまとめました。

もちろん、自閉スペクトラム症でも方言を話す人もいます。しかし、相手や状況によって柔軟に方言と共通語を使い分けるのは苦手です。ところが、その先生は、それまで共通語しか話していなかったがある時から関西弁を話すようになってきた自閉スペクトラム症の子どもがいると言うのです。このような事例は、まったく予期していませんでした。

テレビ音響のほうが言語を習得しやすい?

この出来事の直前まで、私は前述の本に対して寄せられたさまざまな意見や議論について考えていました。

まず、自閉スペクトラム症の人々が方言を話さないことについて、音響音声学研究者である峯松信明先生(東京大学)から「音声の絶対音感者説」という解釈が提出されました。自閉スペクトラム症の子どもは、人の声をその絶対的特徴で聞いてしまい、同じ「おはよう」でも人や場面によって各々“違う”ものとして捉える。そのため、周囲の人々のことばをなかなか習得できない。一方、テレビなどは、音響的に似た音が繰り返されるために習得しやすいという説です。

それまで、私は以下のような解釈を考えていました。

1)共同注意や意図理解の問題のために周囲の人のことばを学ぶことが難しい
2)相手との親しさにあわせたことばの使い分けが上手く出来ない

峯松先生の説は、これらに加えて、<音の聞きとりの問題>を提起するものでした。

いままでも音声処理が原因ではないかとの議論はありました。方言が共通語よりも自閉スペクトラム症にとって音声処理が難しいという、“ことばの差”に原因を求めるものでした。