逃げ出してしまいたくなるような言葉の数々

彼女はこちらが聞いてもいないのに、「あんなに勉強ができるのに……」「県下一偏差値が高い高校に通っていたのに……」「大学では特待生だったのに……」といった言葉を並べてきたのです。私は電話を切った途端に「ああ、この人が自分の母親じゃなくてよかった」「こんなことばかり聞かされたら逃げ出してしまいたくなるな」と感じたのでした。そして自分でそう思って、「はっ」としたのでした。

ネガティブな感情イメージ
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それから数日後、A君は公園で路上生活者のような状態でいるところを発見されました。病院で検査を受けた結果、うつ病と診断されました。しばらく大学を休学した後、次第に回復していき、大学にも顔が出せるまでになっていきました。

私は機を見て彼と話してみたところ、彼の口から出てきた言葉は、まさに私が感じたとおりのことだったのです。つまり、幼少期からの彼女の言葉のひとつひとつが彼を苦しめていたのです。

親が子供を支配し続けた結果、残るもの

自分の息子が優秀で、結果を残し続ければ、母親としては鼻高々でしょう。しかし、息子は母親の自己満足や虚栄心を満足させるために存在しているのではありません。

カントの表現を用いると、人間というのは誰かの手段として存在しているのではなく、目的それ自体として存在しているのです。お互いにその自覚が欠けていると、自分をコントロールしようとしている人間の支配下にあるうちは無批判に従うことができるかもしれませんが、その呪縛は徐々に、しかし確実に解けていくものなのです。

それが完全に解けてしまった後には、拠り所のない、自分が何のために生きているのか自分でもわからない、心に傷を負った一個の人間がたたずむことになってしまうのです。

私は誰にもA君のような経験をしてほしくありません。この責任は彼のうちにではなく、間違いなく彼の受けた教育のうちにあるのです。