「酪農危機」を訴える報道が続いている。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「報道の多くは、実態とかけ離れている。誤った報道がなされるのは、農業団体の利益を代弁する学者の主張をマスコミが鵜呑みにしているからだ。『農家が貧しい』というイメージは虚像にすぎない」という――。
タブレット端末を片手にわらを足している酪農家
写真=iStock.com/PlatooStudio
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実態とかけ離れたマスメディアの報道

酪農問題についての関心が収まらない。

5月2日、朝日新聞は1、3面で酪農経営が厳しく離農が増えていると報じた。同日、日本経済新聞の経済教室で小林信一氏という酪農問題の専門家が酪農保護を訴えた。先日も、ある百貨店の関係者が、牛乳が廃棄され乳牛がと殺されると報道されているので、なにか協力できないかと、私の事務所を訪ねてきた。

酪農家は国際価格の変動や国の政策によって理不尽な扱いを受けているかわいそうな存在だというのが、かなりの人の理解だろう。しかし、マスメディアが報道していることと実態には乖離がある。このことを百貨店関係者に説明すると、驚いて帰っていった。

具体的にここで挙げていこう。

実態①「酪農家は弱者ではない」

輸入穀物が高騰し、飼料価格の高騰が酪農経営を圧迫していると報道されている。だが、飼料費がコストに占める割合は、酪農では5割なのに、養豚では7割である。より影響を受けるはずの養豚農家から経営が厳しいという声が聞こえないのは、不思議ではないだろうか?

それは、酪農家も養豚農家も困っていないからだ。穀物価格は2014年から2021年まで低位安定していた。2022年に上昇しただけだ。2008年や2012年も2022年と同水準まで穀物価格は上昇したのに、酪農危機が叫ばれることはなかった。

次は、農林水産省の資料から作った図である(図表1)。2014年はバター不足が起きた年である。

酪農家の所得(※)は、2014年1153万円、2015年1569万円、2016年1670万円、2017年1699万円、以降2020年の1603万円まで1600万円台が続き、2021年に飼料価格の上昇で幾分低下したものの、1316万円となっている。それ以前も2009年、2013年は約900万円という高い水準である。

私の記憶では、2008年以前は酪農家の所得が800万円を上回ることは少なかったと思う。2009年以降、特に2015年から2021年の7年間は、酪農バブルと言われるほど、酪農経営は絶好調だったのである。国民の平均所得が400万円程度なのに、酪農家は15年間もその2~4倍の所得を稼いでいた。農家が貧しいというイメージとは真逆である。

【図表】1経営体当たりの所得と経産牛頭数の推移
図版=筆者作成

※2014年~2020年は「畜産の動向」(令和5年5月 農林水産省)より。所得は1経営体当たり(家族経営)で、「粗収益」から「生産費総額から家族労働費、自己資本利子、自作地地代を控除した額」を引いたもの。2021年は、この算出方法に従い農林水産省「令和3年畜産物生産費」から算出。