午前8時、衆人環視のなか「お釈迦様の弟子」が…

長野市にある古刹、善光寺に祀られていた仏像「びんずる尊者像」が盗難に遭う事件が起きた。衆人環視のなか、大きな仏像を運び出すという大胆な手口に驚いた人も、少なくないだろう。

長野の善光寺
撮影=鵜飼秀徳
長野の善光寺

その実、仏像盗難は近年、多発している。人口減少社会に突入し、寺院の無住化が加速していることが背景にある。今後は国宝や重要文化財クラスの盗難も考えうる状況だ。宗教法人だけで解決するのは不可能で、国や行政の対応が急務になっている。

びんずる(賓頭盧)尊者は、お釈迦しゃか様の弟子のひとりだ。各地の寺院では、「十六羅漢」のひとつとして祀られていることも多い。賓頭盧像を拝むと、病気平癒のご利益があるとされている。そのため内陣(仏殿の中にあり、儀式をする中核の場所)から出して祀り、参拝者が患部と同じ場所をなでる「なで仏」として鎮座する場合もある。

例えば、東大寺大仏殿の賓頭盧尊者像は有名だ。仏殿に向かって右側の外廊下に尊者像が置かれ、多くの参拝者がご利益を求めて手を合わせる姿がみられる。

善光寺のびんずる像もまた、なで仏として一般参拝客が触れ合うことができた。祀られていた場所は本堂内の外陣だ。この尊像は善光寺の中でも特別な仏像といえる。びんずる像は少なくとも、300年前から安置されていた貴重なものだ。

多数の人々が長年触り続けたことで、鼻や口などの部分は摩擦で削られ、滑らかになっていた。そういう意味では、びんずる像は有形文化財、というよりも、人々の信仰の深さを伝える無形文化としての価値が高い仏像だったことがうかがえる。

毎年1月6日の夜に実施される「びんずる廻し」という行事の主役でもあった。びんずる廻しは、尊者が座る台座ごと尊者を引っ張り、本堂を3周するというもの。しゃもじが願主に渡され、びんずる像に触れることで無病息災を祈願する奇祭だ。また、夏には「長野びんずるまつり」が実施されていた。

「善光寺の顔」ともいえる尊像が盗まれたのは、4月5日午前8時過ぎのこと。この時間には堂内には大勢の参拝客がいたはずである。しかし、大胆にも作業着姿の男が、尊者像を毛布にくるんで持ち去った。

男は像を車に乗せ、逃亡。しかし約50キロメートル離れた松本市内で警察が発見し、男は逮捕された。車の中にあった像は無事、善光寺に戻された。

報道によると男は、「びんずるに恨みがあった。あんなものがあったら、地震や事件がおきる。どこかに埋めてやろうと思った」などと、意味不明なことを話しているという。男は熊本県在住で、犯行に及ぶためにわざわざ車で長野までやってきたらしい。宗教に傾倒していたとの報道もある。

「巌流島に埋めるつもりだった」との供述もしているが、理由がなんであれ、理不尽極まりないことだ。早期に発見され、大きな破損もないようなので、関係者はホッとしていることだろう。

しかし、速やかに解決できたのは著名な信州の善光寺であったから、ともいえる。仏像の盗難は、枚挙にいとまがないし、盗難に遭った事実が判明していないケースも少なくないと考えられる。