昨年冬、3倍のストックがあった冷凍庫が空に

コロナが始まるより前に鮮度の高い状態で保存できる急速冷凍機を導入していたことが支えになった。

百貨店の売り場で直接つながる上得意客のリストは2万人超。デパ地下催事への出店機会を逃さなかったほか、ダイレクトメールの送付や通販サイトのリニューアル、小林市のふるさと納税の情報発信に力を入れた。

20年以上家業を手伝う次女の丈菜さんにとっても、これほど在庫を抱えたのは初めてのことだった。

「売れないのに、じゃんじゃん作ってどうなるんだろうって不安で仕方なかった。でも、会長が絶対(豚を)減らさないと判断した段階で、じゃあ何をしたらいいのか必死で考えた。うちはここでお肉をさばいて加工しているから、よそがすぐにはできないことができる。工場の中の動きが機敏になりました」と振り返る。

そして2022年12月のある日、3倍のストック量で常態化していた冷凍庫内が、すっかり空になった。百貨店催事の本数はまだ完全には戻っていない。何が起こっているのか――。

似た価格なら三元豚よりも黒豚を

その2カ月程前から、まとまった量の注文が相次ぐようになっていた。これまでほとんど取引したことのない業者ばかり。聞けば、「黒豚が手に入らない」と言う。

人手不足や飼料高騰で黒豚の作り手が次々と廃業に追い込まれたことに加え、一般に流通する三元豚の価格も値上がりし、価格差が縮まったことで黒豚の需要が高まり、急激な品薄状態になっていた。

人も、豚も、減らさなかった桑水流畜産が、顧客の要望にスピーディーに呼応し、高まる需要の受け皿となった。「売るものがあったんですよ」と桒水流会長。コロナ禍で失った売り上げ分を、取り戻すほどの引き合いの強さだった。

さらに、それだけでは終わらない。ここにきて、新たな販売先への出荷が決まった。素材へのこだわりや無添加の対応に共感し合う高質スーパー福島屋(東京都)と、「生活クラブ」など自然食品を扱う店に食材を供給する秋川牧園(山口市)とつながり、桑水流黒豚の生産販売の提携にこぎつけたのだ。月50頭の出荷からスタートし、夏ごろから、秋川牧園の宅配会員や全国のオーガニックチェーンのスーパー向けに製品化され販売される予定だ。

百貨店を中心にした営業基盤とは異なり、より日常に近い生活チャネル、安定的な出荷ルートになり得る。桑水流畜産にとって待ちわびてきた領域だという。

福島屋の福島徹社長は、「日本一の豚肉だと思う。自分たちの手で加工し、ハンバーグやチャーシュー、生ハムを作っていく計画。黒豚は調理の仕方を間違えると焦げやすかったりする。とんかつは火を入れすぎたらだめだとか、試作しながらだんだん気づいてきました。どんな商品が作れるのか研究を重ねているところ。少し値は張るが、絶対ニーズがあるという確信があります」と話す。