常識を揺さぶるような話から入る

前の項で質問から入るという話をしましたが、意外な導入から入るという手もあります。

たとえば、「地球上には、自然界で生きていけない動物が一種類だけいるんです」と言われれば、人は「えっ」と思います。

誰だってそんな動物がいるわけないと考えます。でもその動物は存在するのです。それはカイコです(正式名称は「カイコガ」)。

カイコは人類が約5000年前から飼い始めたと言われています。家畜化された昆虫で、野生には存在しません。カイコは野生で生きる力(野生回帰能力)を完全に失ってしまった唯一の家畜です。

カイコの幼虫は桑の葉を食べて大きくなりますが、足の力が弱いので、仮にカイコを野外の桑の木に止まらせても、葉っぱにつかまっていることができません。そのために1日で葉から落下して死んでしまうのです。成虫になっても、はねの筋肉は退化していて、羽ばたくことはできても飛べません。つまり人間の飼育環境下以外では、まったく生きることも繁殖することもできない動物なのです。

カイコ
写真=iStock.com/TuelekZa
※写真はイメージです

葉っぱに捕まることも飛ぶこともできない

でも人間が飼育する以前は、カイコは自力で生きて、繁殖していたはずです。ところが今に至るも自然界でカイコのルーツは見つかっていません。クワコという昆虫がそうではないかという説もあるようですが、生態も性質もまったく異なるので、否定的な意見が多いようです。おそらくカイコのルーツとなった昆虫は絶滅してしまったと考えられています。

それにしても、カイコは怠け者というか、いい加減というか、人間に飼われているうちに、生きていく能力をすべて捨ててしまったのです。これは呆れるばかりです。

エサは人間が与えてくれるから、幼虫は歩く能力も葉っぱにつかまる能力も捨ててしまい、また人間が雄雌同士を出会わせてくれるから、成虫になっても飛ぶ能力を捨ててしまい、挙句に成虫はものを食べることができません。つまり人間に飼育されることによって不要となった器官を、カイコは惜しげもなく放棄していったのです。そしてついに自然の中で生きる能力をすべて失ってしまったというわけです。