たとえば「全然」は口語では、否定的な表現を強調する副詞とされますが「全然寒い」「全然元気」というように肯定的な表現に使う人も増えてきていて、もはや受容された用法になりつつあります。身も蓋もありませんが、誤用を嫌いそうな人には使わず、かまわないと考えそうな人には使うというスタンスでいいと思います。

ただ、一般的に受容されつつある誤用でも、おそらく私が使うと「言語学者のくせに」と叩かれます。新聞記者や作家、アナウンサーといった言葉のプロや、些細なミスでもやり玉に挙げられやすい政治家も誤用は避けたほうが無難です。

誤用以上に気をつけたいのが敬語の間違いです。誤用は言葉の良し悪しの問題で、間違ったとしても怒られることはありません。しかし、敬語は使い方を間違えると、良し悪しの問題を超えて、「失礼だ」「気に食わない」という感情的なエラーに発展しかねません。そこで関係がこじれてしまうと、後に続く言葉を素直に受け取ってもらえないおそれもあるため要注意です。

特に書き言葉は慎重さが求められます。話し言葉なら会話中に間違った敬語を使って相手が眉をひそめたとしても、それを察知して途中で修正し、笑顔や身振りでカバーすることができます。しかし、文章として相手に届けた言葉は修正することが不可能です。書き言葉で相手に敬意を示すときは、言葉の誤用以上に神経を使ったほうがいいでしょう。

「ご苦労さま」も「お疲れさま」も失礼

実際によくある敬語の間違いを紹介しましょう。たとえば目上の人に対して「ご苦労さまでした」と言うのは厳禁です。「ご苦労さま」が失礼だとわかる人が「お疲れさまでした」と使うケースもありますが、それも不適当です。目上の人に対して、労ったり慰めたりすること自体が敬意を欠いています。

外国人留学生が授業終了後に「先生、ご苦労さま」と声をかけてくれることがあります。悪気がないことは重々承知していますが、面と向かってそう言われてしまうと、やはりいい気はしません。苦笑いしながら、「そういう場面では、『ありがとうございました』と表現したほうがいいよ」と教えています。

敬語に関しては、過剰な表現も控えたほうがいいでしょう。たとえば「~させていただきます」という謙譲語がありますが、たいていの場面では「~いたします」で十分事足ります。「~いたします」では丁寧さが足りないと感じる人が「~させていただきます」と書くのだと思いますが、過剰な敬語はかえって相手を不快にさせることもあります。過ぎたるは及ばざるがごとし。丁寧にさえしておけば失礼に当たることはないだろうと考えるのは安易です。

過剰と言えば、企業を「さん付け」にする行為も、私にはやりすぎに思えてしまいます。「プレジデント社さんは業績が好調だ」は「プレジデント社は業績が好調だ」で問題ない。企業は法人格があるとはいえ、やはり人ではありません。「さん付けしないと呼び捨てになるのでは」という心配は無用です。

敬語は深く悩まない