徳川家康が築き、江戸幕府の本拠となった江戸城はどんな姿だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「天守の高さは木造建築としては日本最大で、城郭面積は他の城とは比較にならない大きさだった。現在の皇居は、かつての江戸城のほんの一部に過ぎない」という――。
皇居の眺め
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江戸城の中心部は名古屋城の約20倍の大きさ

東京がかつて江戸だったことも、江戸の町の礎を築いたのが徳川家康だということも、知らない人はあまりいない。しかし、その中心に構えられていた江戸城がどんな城で、どのくらいの規模であったか、ということになると、案外知らない人が多い。

江戸城は現在の皇居の敷地内にあったと思っている人がいる。たしかに、明治天皇がかつての江戸城に入城し、以後、皇居とされたわけだから、あながち外れともいえないが、しかし、皇居になっているのは江戸城の全体ではない。

宮内庁が管理する皇居の敷地面積は、115万平方メートルとかなり広いが、かつての江戸城の内郭は420万平方メートル以上の広さがあった。

ちなみに、ほかの城の内郭は、相当に広大な城でも、姫路城が23万平方メートル、熊本城が20万平方メートル、徳川御三家筆頭の尾張藩の居城だった名古屋城でも35万平方メートルなど。江戸城がいかに桁外れの広さだったかがわかるだろう。