社会問題を解決するには、どうすればいいのか。公共政策学者の杉谷和哉さんは「社会問題はすごく複雑に絡まり合っているし、単純に一つの原因だけ語ることはできない。単純な一問一答の積み重ねで善い世界を目指すというのは間違っている」と指摘する――。

※本稿は、谷川嘉浩、朱喜哲、杉谷和哉『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(さくら舎)の第1章<「一問一答」的世界観から逃れる方法>を再編集したものです。

机の上に開いて置かれたコミック
写真=iStock.com/Wachiwit
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一問一答で解決できるほど社会は単純ではない

【杉谷】松浦さん(編集)は『ONE PIECE』(尾田栄一郎、集英社)という漫画をご存じですか。

――はい。読んでないんですけど。

【杉谷】『ONE PIECE』という漫画に百獣のカイドウというものすごく強いやつがいて、彼が自分の子どもと戦っているとき、いろいろ問われるんですよ。どうしてこんなことをするんだと詰問される。そのとき、カイドウが言ったのが、「一問一答で動いちゃいねェんだ世の中は‼ 青二才が!!!」というセリフなんですね。

今ネットで流行っているひろゆき(西村博之)とかメンタリストDaiGoとかって、一問一答の積み重ねなんですよ。彼らのYouTube、そうなっているじゃないですか。だけれども、社会問題はすごく複雑に絡まり合っているし、単純に一つの原因だけ語ることはできないし、特定の個人や集団の意図で説明もできる場合ばかりでもない。なので、「それに対する答えはこれですよ」と答えるだけで、社会の問題が理解できるとか、私たちの生きている苦しさが解決するかというと、そうじゃないわけです。

たとえば、新型コロナ感染症のリスクを実際に全部防ごうとなったら、もう完璧なロックダウンをすればいいわけです。でも、そうなると経済的にものすごく苦しくなるし、メンタルヘルスの問題なども出てきて、大変なことになる。単純な一問一答を積み重ねていけば、善い世界にたどり着けるとか、いい問題解決につながるとか、真理に到達できるという考えは、おそらく正しくないんですね。

一問一答を求める心理は、ウェブ検索のせい?

【杉谷】この対話を収録する前に、ある法人のための口座を作らないといけないので情報収集していたんですが、やるのは「法人口座 やり方」で検索ですよね。私だって単純な一問一答を求めてしまう。というか、今日生きてきた24時間の中で一問一答しなかった人って、たぶんこの中にもいない。一問一答って便利なんですね。いま目の前の問題、課題を解決する。さしあたり解決する上ではそれはすごく大事なことなんです。

【谷川】だからこそ、カイドウの言葉は大事だし難しいんですね。だとすると、「この答え何なの?」と答えを探してしまうことは避けられないけど、単純な一問一答を超える局面、つまりネガティヴ・ケイパビリティを用いる局面をどう作るかが大事になってくる。

【杉谷】その通りです。一問一答じゃない局面をどう作るか。

【谷川】ウェブで検索することをベースに生きているからこそ、一問一答に親和的になるのかもしれませんね。このキーワードに合致する答えを探す心の習慣が形成されている。

【朱】しかも、一問一答の背景には学びたいという感情があるので、それは否定すべきでは決してないですよね。

【谷川】性急に結論づけずにモヤモヤを抱えておき、こうではないかと考えを彫琢ちょうたくしていく。その上ではじめて、何か有意義な議論ができることだってあるはずで、そのことの価値についても、この本でどうにか言語化していきたいですね。