加藤裕之(コナミ体操競技部監督)

かとう・ひろゆき コナミ体操競技部監督。1964年生まれ。筑波大卒。大和銀行に入社し、全日本で11回の優勝を誇る名門体操部に所属。03年、大翔会(大和銀行体操部を改組)がりそなグループの支援打ち切りで廃部。同年、コナミスポーツに新設された体操競技部に移る。08年、オリンピック北京大会男子体操チームコーチ。11年、日本体操協会ロンドンオリンピック強化委員会男子体操競技男子強化本部副本部長に就任。

ロンドン五輪で「体操ニッポン」を率いることになるだろう。金メダル候補の内村航平らコナミ体操競技部3人に加え、長男の凌平(順天堂大)も五輪代表となった。

コーチとしての責任は重い。6月某日、東京都内のナショナルトレーニングセンターで行われた公開練習。加藤は代表選手の演技をじっと見守り続け、演技の合間にアドバイスを1つ、2つ送るだけだった。

加藤、曰く。「まだ選手を追いこむような時期ではない。この器具になれるのが一番大事です」と。

努力の人である。現役時代、筑波大から大和銀行に入り、1988年ソウル五輪を目指したが、代表最終選考会では8位に沈み、池谷幸雄、西川大輔の高校生コンビに屈した。でも挑戦意欲は衰えなかった。翌89年の世界選手権では平行棒の月面宙返り降りの新技を披露し、「ヒロユキ・カトウ」の技名を残した。

48歳。これまでの豊富な経験が現在の指導を支えている。選手によって言葉を変える。指導法、言葉の引き出しも多い。練習はウソをつかない、が持論。「最大の敵は自分」というフレーズは違うのではないかと思っている。

「逆で、“最大の味方は自分だぞ”と選手には言っています。最後に頼れるのは自分。納得できる練習を積んでいれば、結果は絶対についてくるものなんです」

本人は五輪には出場できなかった。でも思いを継いだ長男の凌平がロンドン五輪の舞台に立つ。教え子の内村も金メダルに挑む。

「僕自身は、オリンピックは戦いだと思っています。強い気持ちを持って、戦いにのぞんでほしい。楽しむところは楽しんでもらって結構ですが、やはり最後には選手に“戦いだぞ”と言いたいのです」

五輪は戦いなのだ。その戦いで満足できる技ができた時、あるいは出来なかった技を完ぺきに演じた時に初めて、えもいわれぬ喜びを味わうことになる。選手もコーチも。その喜びの先に金メダルが待っている。