なぜ「消費税」という言葉に条件反射するのか

枝野発言のポイントは「まず法人税と所得税、金融所得課税を行うべきだ」という点にある。消費税については、ありていに言えば放置、あえて税率に引き付けて言うなら、せいぜい「据え置き」というところだろう。

ところが、政界とは摩訶不思議なところで、消費税という言葉には、何であれ条件反射する。本来の発言のポイントからずれていようがいまいがお構いなく、そこに過剰なまでのスポットライトを当てる。一部の野党支持者は「消費減税を言わなかった!」「野党議員の風上にも置けない!」、しまいには「二度と応援しない!」などと噴き上がる。保守系メディアがそれに乗じて「野党分裂!」とあおりまくる。

平成の時代に何度も見てきた、もっと言えば「見飽きた」光景だ。

枝野氏の配信について、筆者は正直「ああ、持論を言っているな」という印象しかなかった。ついでに言えば「ようやく衆院選での自身の言動の『間違い』を認めたな」という思いを抱いた。

木製のブロックとコイン
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「減税」発言は枝野氏の本心ではなかった

ここでも何度も書いてきたが、筆者は「戦後最小の野党第1党」だった立憲民主党を、わずか4年で「政権の選択肢」にまで押し上げた枝野氏の党代表としての力量を、高く評価している。だが、昨年のあの衆院選で、同党が最終盤で失速し、公示前議席を減らしてしまった原因の一つに「消費減税に触れてしまった」枝野氏自身の言動があったことは否定できない、とも考えている。

理由はまさに前述した通りだ。「支え合いの社会」をうたう政党が、有権者の歓心を買おうと減税を言うことの矛盾を、有権者は敏感に感じ取ったのだと思う。立憲民主党に「本気で政権を担う覚悟」があるのかどうかが、最後の最後に疑われてしまった。それが、立憲民主党が勝ちきれなかった理由の一つだったのではないか。

減税に触れたのが枝野氏の本心でないことも明らかだった。

枝野氏が衆院選の半年前に発表した著書『枝野ビジョン』(文春新書)では、時限的消費減税について「全て否定するものではない」としつつも、コロナ禍で経済活動が減っている時に消費減税の恩恵が届く業種は限られること、逆に減税待ちの買い控えが生じて「減税倒産を生む恐れ」に言及。コロナ禍で困窮する低所得者を集中的に支援するには「減税より給付の方が望ましい」と主張していた。

それが枝野氏の持論だったのだろう。それでも時限的消費減税に触れる理由について、著書では「そのメッセージ効果にある」などと書いていたが、おそらく枝野氏は、自分でも「無理がある」と思っていたのではないか。