小麦のかび毒をゼロにすることはできない

赤かび病の原因となるフザリウム属のかびは自然界にいて、野外の稲わらや麦わら等に付いて越冬し、春に大量の胞子を作り飛散し麦類に感染してデオキシニバレノール(以下、DONと表記)を産生します。そのため、麦類から作ったパンや麺類、菓子等などを食べるといや応なしにDONを摂取することになります。

DON汚染をゼロにすることはできませんが、少量の摂取であれば健康への影響はありません。内閣府食品安全委員会は、DONの毒性を評価し、耐容一日摂取量(TDI)を1μg/kg体重/日としました。耐容一日摂取量というのは、重金属やかび毒など、仕方なく摂取せざるを得ない物質について、ヒトが一生涯にわたって毎日摂取し続けても、健康への悪影響がないと推定される量のことです。

では、日本人はどの程度、DONを食べているのでしょうか?

DONは加熱では分解されませんが、水には溶けるため、麺類の場合にはゆで湯に移り麺類からの摂取量は減ります。食品安全委員会は、日本人が食べる国産小麦、輸入小麦の汚染実態や、それをどのように製粉、加工して食べるかなどの調査結果をもとにDONのばく露量(摂取量)を推定しています。全年齢での平均摂取量は0.09μg/kg体重/日となりました。この量であればTDIの1μg/kg体重/日には遠く、まず問題ありません。

子どもの5%弱は、耐容一日摂取量を超える

しかし、心配な点もあります。日本人全体で見れば、ほとんどの人の摂取量は、TDIの1μg/kg体重/日を下回っていると推定できるのですが、1〜6歳に限ると、そうではないのです。

95パーセンタイル値が0.94μg/kg体重/日、99パーセンタイル値が1.86μg/kg体重/日。パーセンタイル値というのは、測定値を小さいほうから順に並べたときに、95%や99%にあたる数値。つまり、1〜6歳で小麦を多く食べる子どもたち(人数の5%弱)は、DON摂取量がTDIを超える可能性があるのです(図表1参照)。

子どもは成長し活動量も多いため、体重1kgあたりの摂取する食事量が大人よりも多く、DONの摂取量も多くなると考えられます。

【図表1】食品安全委員会によるモンテカルロ法を用いたDONの推定ばく露量
食品安全委員会によるモンテカルロ法を用いたDONの推定ばく露量

でも、慌てて「子どもに小麦製品を食べさせるのをやめよう」などとは考えないでください。特定の穀物を禁止するような食生活では栄養バランスが崩れる恐れがあります。小麦のDON汚染は、栽培地や小麦の粒によってもばらつきがかなり大きいと考えられ、食品安全委員会は、特定の子どもが毎日継続してTDIを超える可能性は低く、通常の食生活を送っていれば健康影響を生じる可能性は低い、という見解を示しています。

とはいえ、子どもの一部がTDIを超える、というのは由々しき事態です。残留農薬に対しては、許容一日摂取量(ADI)が設定されていますが、摂取量はADIを超えるどころか、ADIの1%にも満たない農薬がほとんどなのです。そのことを考えると、DONのリスクは大きいと言わざるを得ません。なのに、多くの人が残留農薬は心配しますがDONのことなど知りません。

食品安全委員会は、DONについてリスク管理機関に対し、「引き続き、合理的に達成可能な範囲で、できる限りの低減に努める必要がある」と伝えています。

こうしたリスク評価を受け、厚労省は2022年4月、小麦(玄麦)のDONに1.0mg/kg(食品1kgあたり1.0mgの含有量)という基準を施行しました。厚労省はそれまでも暫定的な基準値(1.1mg/kg)を運用してきたのですが、強化したことになります。