Jリーグは今年、発足から30周年を迎えた。2014年にチェアマンに就任し4期8年務めた村井満さんは、任期最終年の2021年に毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。34節34枚の色紙の狙いを、ジャーナリストの大西康之さんが聞く――。(第3回)

理念に近づいているなら「Go」、遠ざかれば「No」

――Jリーグチェアマン就任早々、村井さんは「人種差別問題」「八百長疑惑」と立て続けに難題にぶつかりました。その後もさまざまな問題が降りかかってきます。そんな時、何を基準に判断をしてきたのですか。

【村井】これはもうただ一つ。「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」という「Jリーグの理念」ですね。就任以来、100回、200回、いや1000回、2000回とこれを眺めて考えました。この理念に近づいているのなら「Go」、ここから遠ざかっているなら「No」というのが私のスタンスでした。

川淵三郎さんがJリーグを始めた時、単なるスポーツ、競技団体としてサッカーの大会を始めたのではなくて、スポーツを通じて実現したい日本の社会観を示した。それが詰まっているのがこの理念です。トップの川淵さんが就任した「チェアマン」という名称も日本のスポーツ団体では初めての呼称でしたし、公益法人になったのもJリーグが初めてです。サポーターとかホームタウンとか地域密着という概念も極めて新しかった。

経営とは、夢と数字の両方をグルグル回すこと

――村井さんが就任する前のJリーグは、有力選手の海外移籍が当たり前になったこともあり、入場者数が頭打ちで収益が伸び悩んでいました。Jリーグとしては、リクルートの役員だった村井さんに経営の立て直しを期待した部分も大きかったと思います。

【連載】「Jの金言」はこちら
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【村井】もちろん、人件費だったり、入場者数の増減だったりといったことをエクセルをぶん回しながら議論するのも大事です。一方で「俺たちはこんなことをやりたいんだ」「こういうサッカー界にしたいんだ」という夢の部分もある。で、夢を語っていると「それはお前の主観だろう。そんな無責任なこと言ってないで数字で語れ」みたいなことを言う人がいる。反対に「そんな無味乾燥な話は嫌だよ」と言う人も出てくる。

これって主観と客観。あるいは脳の右側と左側がごっちゃになっているんですよ。こういう時は「今は左の議論をしよう」「今度は右から見てみよう」と整理しながら、両方をグルグル回していかなくてはいけない。

会社を例にとれば、客観的な評価システムで決められた自分の査定が気に入らないので部長に「会社を辞めたい」と言いに行ったら、「バカ言え、俺のほうが辞めたいくらいだよ」と部長が言う。それでとりあえず赤提灯に飲みに行ったら意気投合しちゃって「明日からもう一回頑張りましょうか」みたいな。組織のメンバーを客観的に評価するという動脈系と、本人が腹落ちするといったような主観が作用する静脈系がグルグル回転するわけです。