そういう国々にとっては、税金が取れなくても、企業や富裕層が現地でお金を落としてくれるだけで、経済が活性化する。

このタックスヘイブンは、大企業や富裕層の税金対策としても使われている。ビートルズも1965年ごろから、マネージャーのブライアンが、彼らの収入を課税率の低いタックスヘイブンの口座へ分けて振り込むようにしていた。

ビートルズは、第2弾目の映画「ヘルプ!」をバハマ諸島で撮った。それは、バハマがタックスヘイブンだったからなのだ。

映画「ヘルプ!」は、バハマの会社キャバケイド・プロダクションズが制作したことにした。キャバケイド社は、ビートルズと「ヘルプ!」のプロデューサーが共同出資した会社である。この会社には、ほとんど税金が課せられない。

またビートルズの報酬は、このキャバケイド社から現地で支払われていたので、これまた税金はほとんどかからない。さらに、この出演報酬をバハマの銀行に預金していた。イギリスに持ってくれば、イギリスの税務当局から課税される恐れがあったが、バハマに置いたままであれば、その心配はなかったからだ。

しかし、この節税策はうまくいかなかった。イギリスが1967年にポンドの引き下げをおこなったため、キャバケイド社は8万ポンドの損失を出してしまったのだ。

タックスヘイブンを使って節税策を施す場合、為替の変動などのリスクも非常に大きいのである。

もとは「アップル」も税金対策会社だった

このように、いろいろ税金対策を駆使してきたビートルズだが、それでもイギリスの厳しい税制は、彼らにとって重い足かせとなっていた。

1966年当時、ビートルズの課税額の見積もりは約300万ポンドだったと言われている。日本円にして約30億円である。半世紀前の30億円となると相当の価値があったはずだ。それが税金として取られてしまうのである。

そのため、ビートルズは新たに会社をつくった。かの有名なアップル社である。アップルは、単なる税金対策会社にとどまらない。自分たちのレコードをつくり、その莫大な収入で、ほかのいろんなクリエィティブ事業を試みるというものだった。

リバプールにある、ビートルズストーリービルの看板
写真=iStock.com/CaronB
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ビートルズは、アップルを通して、音楽、映像、美術など、さまざまなアーティストを発掘し、世界の芸術の先端をいくつもりだった。サイケデリックな服、雑貨などを集めた“アップル・ブティック”など、商業界にも革命をもたらす予定だった。

いわば「アーティストの理想郷」のような場所をつくろうということだ。

今のままでは、ビートルズの莫大なレコード収入のほとんどが、税金として持っていかれてしまう。税金に取られるくらいならば、自分たちの好きなことにお金を回し、新たなカルチャーをつくりたいということだった。