自宅で最期を迎えるにはどうすればいいのか。ノンフィクション作家の平野久美子さんは「危篤に陥り、あわてて救急車を呼ぶと、警察の事情聴取を受けることになり、負担が大きい。救急車の代わりに診取りをお願いできるかかりつけ医を決めておくなど、3つの原則を知っておくといい」という――。

※本稿は、平野久美子『異状死』(小学館)の一部を再編集したものです。

手を重ねる姿
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「異状死」扱いにしないために家族にできること

異状死扱いになると犯罪を疑う警察が介入し、遺族は事情聴取をされ、遺体は検視、検案を受ける。できることなら家族を異状死扱いにさせたくないし、自分もなりたくない。入院先の病院で死ねばそうならない可能性は高いが、かといって病院で死ぬのはもっと気が進まない。誰だって病気が終末期になれば家に戻って心安らかに旅立ちたいと願うだろう。それがごく普通の感覚だと私は思っている。

「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らか」ならば、自宅で亡くなっても異状死にはならない。そのためには、少なくとも以下の3つを心がける必要がある。

その1 日頃から、体調管理と診察と往診を頼めるかかりつけ医を決めておく。最期は、委ねる気持ちが大切
その2 その医師に、最後の診取りと死亡診断書の作成を元気なうちから頼んでおく
その3 救急車をむやみに呼ばない

1番目に書いた「委ねる気持ち」。結局、どんな人でも寝たきりになれば最後の2週間くらいは自分で何もできなくなる。赤ん坊に戻るとはよくぞいったものだ。死は自分だけの問題とはいえないのである。信頼できる親族やかかりつけ医や友人など、自分以外の誰かに委ねる余裕を持って臨まなくてはならない。

異状死扱いになるかならないかの分岐点は、第一報を「どこに入れるか」によってほぼ決まる。そのために大切なのは、往診をいとわずいつでも応じてくれるかかりつけ医に日頃から定期健診をお願いし、家族を見守ってもらうことである。

「救急車を呼ばない」のハードルは高い

意外とハードルが高いのは3番目かもしれない。「言うは易し、行うは難し」の典型例で、目の前で家族に苦しさで七転八倒などされたら、慌てて救急車を呼んでしまいがちだ。

実は母が亡くなる2カ月ほど前、心臓の動悸どうきが急に速くなって息苦しさを強く訴えたことがあった。明らかに異変だった。かかりつけ医から「急変が起きたら救急車を呼ばずに、私の携帯電話に連絡をしてください」といつも言われていたのに、私はパニックになって救急車の出動要請をしてしまった。搬送された病院から母は生還したからよかったものの、そのまま亡くなっていたら警察が病院にやってきただろう。

「救急車を呼ぶな、かかりつけ医につなげ」と、日頃から耳にたこができるくらい家族に頼んでおくと同時に、玄関の脇や目立つところに「お薬手帳」をぶら下げておいて救急隊員にすぐ渡せるようにしておく。薬の服用履歴があれば、搬送先の病院でも死因判断の参考になるはずだ。