はじめから大きな金額でやらせないことがコツ

初日から営業車には乗らず、自転車でまわった。

「現在、これほどの低金利の情勢ですと、銀行預金では金利がつきません。何か運用をお考えでしょうか?」

「私は株なんかやらないわ。怖いし、いつも気にしていなくちゃならないもの」

「そういうお客さまにピッタリなのが投資信託です。株の場合、買った銘柄の値動きを毎日チェックしなければなりません。しかし、投信ならば、ファンドマネージャーという専門家が24時間、値動きを見ていてくれますし、複数の銘柄に分散して運用しますから、リスクヘッジになり、大怪我しないのが魅力です。余裕のある資金で少額から試されてみてはいかがでしょうか?」

クライアントと商談をするビジネスマン
写真=iStock.com/takasuu
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「でも、私、何を買えばいいかよくわからないわ」

「初めてでしたら、日経平均株価に連動するタイプがわかりやすいです。ちなみにこちらのファンドですが、1年前に100万円購入していたら、今日現在112万円になっています。普通預金なら利息は20円です」

「そんなに違うの? じゃあ、おたくに預けている500万円、全部それにしてちょうだい」

「全額というのはお勧めしません。まずは少額から始めて、増える楽しみを実感してみてください。相場によっては元本を割り込んでしまうリスクもございます。まずは100万円から始めてみましょう」

はじめから大きな金額でやらせない。これが信頼感を持たせるコツだった。少しでも増えた実感と成功体験を持ってもらったら、それを少しずつ積み上げていく。これが顧客との関係性を強固にする方法だった。

着任してから1カ月足らずで支店のエースに

販売した投資信託は、狙いどおり値上がりした。100万円買ったお客は1カ月足らずで130万円になっていた。

お客は喜んだ。それを片っ端から解約してもらい、30万円の利益を手にしてもらった。利益を実感してもらうことが重要だと考えたのだ。ところが、この手法を知った副支店長が血相を変えて怒った。

「なんで解約させてるんだ? せっかく積み上げた残高が落ちてしまったじゃないか! これじゃお客だけが得をしたことになるじゃないか!」

お客だけが得をする? 当たり前じゃないか。怒りを押し殺しながら、どう反論しようかと考えていると、熱川支店長が割り込んできた。

「彼の考えがあってのやり方だ。彼はこの寒空に自転車で1日30件をまわっている。その熱意に懸けてみようじゃないか」

支店長の言葉を意気に感じる反面、不安もあった。たしかに豊橋駅前支店の営業成績は一時的に落ちていたからだ。

だが、それも1カ月のうちに杞憂きゆうに終わる。解約したお客のほとんどは他行に預けていた預金をおろして、うちでさらに投信に投資したいと言ってきた。

なかには「夫の分もお願いしたい」とか「友だちにも紹介したい」と言ってきた人もいた。いったん解約してもらったときには2億5000万円まで落ち込んだ投信の売上げ額はそれから1カ月足らずで6億円を超えた。

着任して半年のうちに、私は豊橋駅前支店のエースになっていた。