35年前の「赤報隊事件」が関係している?

その“謎”を解くカギは、今から35年前の事件にあるのではないかと週刊文春(9月8日号)が報じている。

赤報隊事件である。1987年5月3日、午後8時15分頃、朝日新聞阪神支局が改造した散弾銃を持ち、目出し帽をかぶった男に襲撃された。

支局には3人の記者がいた。犯人は無言のまま、犬養兵衛記者を撃ち、次に小尻知博記者を撃った。

小尻記者は死亡し、犬養記者は重傷を負った。事件後送られてきた犯行声明で「赤報隊」と名乗り、朝日の論調への強い憎悪が書き連ねてあった。

仲間が言論テロの犠牲になった朝日では、赤報隊を探し出す特別取材班が組織された。犯行声明文にある文言を分析し、右翼思想の持ち主、それも新右翼ではないか。

もう一つは、当時、「霊感商法」や「合同結婚式」などで世間を騒がし、朝日ジャーナル誌上で批判キャンペーンをしていた統一教会が、朝日と激しい緊張関係にあった。この2つに絞り込み、警察顔負けの徹底的な取材を続けた。

だが公訴時効の15年も過ぎ、35年がたった今も犯人は特定できていない。

「『明日も喋ろう 弔旗が風に鳴るように』という、暴力にひるまず報道し続けようという言葉をデスクが揮毫きごうして飾りました」(辰濃哲郎元朝日新聞記者=週刊文春)

言論テロには屈服しない。この頃の朝日新聞にはその気概がみなぎっていたようだ。

ジャーナリストの樋田毅氏が語った「当時の朝日」

当時、取材班にいて、後に『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)を著わした樋田毅氏は、新右翼を取材しながら、統一教会の可能性も探っていた。

私は月刊誌『エルネオス』(市村直幸編集長・休刊)で樋田氏と対談している。この対談は2018年4月号に掲載され、当時は編集部の判断で統一教会と国際勝共連合、世界日報をαとしている。だが、ここでは私の判断で統一教会、国際勝共連合、世界日報と明示することをお断りしておく。

【元木】襲撃事件が起きた数日後に会議があった時、N編集委員が「統一教会と国際勝共連合の取材に全力を注ぐべきだ」と発言したそうです。

当時、霊感商法などの問題を起こしている統一教会に対して、朝日ジャーナルが被害者救済に取り組む弁護士グループなどと連携して、詐欺的商法だと糾弾キャンペーンをやっていました。

事件から三日後の五月六日には朝日の東京本社に「とういつきょうかいのわるぐちをいうやつはみなごろしだ」という脅迫状も届いていて、使用済みの散弾容器二つが同封されていたそうですね。

【樋田】政治団体の国際勝共連合のほうは、中曾根政権が進めていた国家秘密法(スパイ防止法)を後押ししていて、朝日新聞に街宣車を繰り出していました。

二月二十六日付の消印で「社員のガキをひき殺す」という内容が書かれた手書きの脅迫文が、朝日ジャーナルの編集部宛に届いていました。これらが統一教会のものかは、定かではありませんが、朝日ジャーナルの批判記事を巡って、こういう脅迫状が書かれてもおかしくないほどの緊張関係があったことは確かです。