1人の天才よりも100人のアイデアを集める工夫

2014年に平井がスタートさせたのは、社内から新規事業アイデアを吸い上げる「Seed Acceleration Program(SAP)」だ。SAPは、「感動」というキーワードのもと、一人の天才に頼るのではなく、多くの社員から新規事業のアイデアを集め、徹底的に検討できる場として機能した。いまでは、社内だけでなく社外の知も結集する場へと進化している。

分社化を進める一方で、平井はトップレベルでスクラムを組む関係性づくりにも注力した。たとえば、年に数回は、エンターテインメント領域と半導体やデバイスなどエレクトロニクス領域の各々のトップたちが一堂に会する場をつくった。一国一城の主として独立させて責任と権限をもたせるのと同時に、壁を超えた連携がいつでも組めるようにしておいたのだ。平井は、AIなど新しい技術は、事業を超えた協働が必要になることを見抜いていたのである。

現場レベルでも、平井は全世界の現場に足を運んで話を聞いた。対話を大事にしていた平井は、月1回のペースで、現場のマネジメントに近い人たちを4~5人集めて、お弁当を食べながら、問題意識を共有してもらい、議論する場をつくっていたという。

経営方針説明会で「数値」を語らなかったワケ

2018年に社長になった吉田は、平井がつくったミッション、ビジョン、バリューを「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパス(存在意義)に進化させた。

吉田はインタビューで「ソニーの多様な事業のすべての基盤として、テクノロジーがある。そして人の心を動かすのはクリエイティビティであり、それを作るのは人ですね。感動を作るのも“人”であり、感動するのも“人”です。経営の方向性は『人に近づく』ですが、関わるすべての“人”に近づくことで、あらゆる領域で感動を創り出したい」と答えている。

感動させる製品・サービスをつくるには、作り手である社員自身が感動しなければならない。2021年6月の経営方針説明会でも、吉田は数値目標を語らずに「感動」という言葉を多用した。組織の生き方をパーパスとして定めたことで、従業員一人ひとりの生き方も変わったのである。

2019年、定義されたソニーのアイデンティティは「テクノロジーに裏打ちされたクリエイティブエンタテインメントカンパニー」。そこには「技術のソニー」としての矜持も表れている。2021年4月、ソニーは「ソニーグループ」へと移行し、第二の創業に挑んでいる。

パーパスによってソニーの存在意義は明確になった。「感動」という概念は、社員も組織も自由に解放すると同時に一枚岩にした。アイデアをもつ社員たちがスクラムを組んで潜在能力を結集し、錬磨する場もできた。ソニーの「野性」が再び覚醒することになったのだ。