命に関わる機械を設計する技術者の2つの思想

自動車のようにそもそも命に関わる機械を設計するとき、いろいろな設計思想が関わっている。

まず、「フェールセーフ」という思想がある。重大な事故や故障が起きればまずは安全を確保するために止めるという考え方だ。もしも通信障害で車が制御できない事態が起きると想定すれば、「まずは周囲の安全を確認しながら道路の脇に停車する、という仕組みを入れるでしょう」と取材した技術者はみんな口をそろえる。

またシステムを「冗長にする」という思想もある。一つのシステムが故障しても代わりのシステムを準備する、いわば無駄なシステムを最初から用意しておくという考え方だ。つまり、KDDIで障害が起きれば、すぐにNTTに切り替え、さらに障害が広がればソフトバンクに切り替える、ということだ。冗長性には限度があるにしろ幾重にも代替手段を用意することで致命的な事故を招かないという設計思想はまだしばらくは踏襲されると見ていいだろう。

本稿では、自動運転の安全性をクラウド上のAIにゆだねる未来について繰り返し否定してきた。万万が一、そのような未来が実現したとしても、このような設計思想を鑑みれば、通信が途絶えて、即座に「玉突き事故となるような事態」になるような技術が開発されるとは思えない。ましてや、遠隔医療と並列して「通信が人命を預かる」というふうに結論付ける解説にはいささか問題があるのではなかろうか。

「飛行機は落ちるかもしれない」と言っているのと同じ

昨今のメディア空間には多くのフェイクニュースが入り込んでいる。また今回の自動運転にまつわる報道のように、100%否定できないものの、想定する必要がないような事態を「命に関わる恐れ」というような表現で、不用意に不安を煽るニュースも多いのかもしれない。

ある自動車メーカーの技術者は「自動運転に関しては根も葉もない都市伝説のような話がよく聞こえてくる。なぜそんな話になるのか分からない。もしも筆者に会えて話せれば、5秒で説得できますがね」と笑う。

これらはまるで「飛行機は落ちるかもしれないから乗らないほうが良い」とテレビで話し、新聞の社説に書いているような状況ではないかと思う。

飛行機の客室
写真=iStock.com/Diy13
※写真はイメージです

新聞やテレビなど既存メディアの経営の厳しさは増している。今回、取材した技術者らは「現場の記者の方からは問い合わせがあり、ちゃんと取材し、理解もされています」と話していた。ひょっとしたら影響力が強いコメンテーターや編集委員、解説委員といったベテラン記者の問題なのかもしれないが、自省を込めて言いたい。「もう少しちゃんと取材し、記事を書いてほしい」と。

【関連記事】
名車「クラウン」があっという間に売れなくなった本当の理由
なぜ日本の大企業はKDDIのような記者会見ができないのか…「社長の能力の優劣」ではない本当の理由
日本の金融市場は世界から狙われている…ヤフー、KDDI、ドコモが続々と「電子マネー提携」を進める本当の意味
「ついにBMWを凌駕するか」マツダの新型SUV「CX-60」の技術、燃費、装備がすごすぎる
「BEV軽自動車『日産サクラ』だけがバカ売れ」という現実が示す日本に電気自動車が普及しない根本原因