労働市場の改革にまで切り込めなかった

ただし、アベノミクスは構造改革に切り込むことができなかった。それはわが国にマイナスだ。特に、硬直的な労働市場の改革が難しかった。時代にそぐわなくなった制度や慣行を変える。それによって人々の新しい取り組みを引き出す。それが構造改革の意義だ。わが国では年功序列、終身雇用が続いている。若年層の時は賃金水準が低い。結婚し、子育ての負担が増す世代になると賃金が増える。雇用も安定している。高い経済成長が可能である場合、年功序列や終身雇用は有効だった。

しかし、1990年代初頭にバブルが崩壊し、わが国は自律的に成長することが難しくなった。多くの企業はコストカットのために正社員を減らした。非正規雇用が増え経済格差は拡大した。産業競争力は凋落している。それでも、年功序列の固定観念から抜け出すことができない企業が多い。成長を目指すためには政府が新しいルールを導入して、既存の価値観を打破しなければならない。その点でアベノミクスは踏み込み不足だった。

都市の通勤者
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人口減少、内需の縮小、円安、物価高…

岸田政権は労働市場など構造改革を実行しなければならない。それが経済政策の要諦だ。労働市場改革が遅れるほど、わが国経済の苦しさは増す。わが国の人口は減少している。内需は加速度的に縮小均衡に向かう。それに加えて、金融政策を重視したアベノミクスの副作用として円安が進んでいる。ウクライナ危機などを背景に、世界でインフレも進んでいる。

特に、資源価格や穀物などの値上がりは鮮明だ。円安と物価の上昇の掛け算によって、わが国の輸入物価は急騰している。5月まで10カ月続けて貿易収支は赤字だ。企業はコストの転嫁を一段と急ぐ。家計により大きな皺寄せがいく。

その一方で、わが国には強い部分も残っている。超高純度の半導体部材、自動車、精密な製造機器はその代表格だ。強みがあるうちに、政府は年功序列などの雇用慣行を刷新しなければならない。同一労働・同一賃金の価値観を社会に浸透させ、実力によって人が評価される環境整備は急務だ。