リクルートを手始めに数度転職した紫乃さん。企業研修を担う会社にいた45歳の時に大学院に通った。恵まれているはずの大企業の社員が、皆つまらなそうに仕事をしているのとは対照的に、大学院には何か新しいことを始めようとする若者が大勢いたという。

「なのに、彼らが就活を始めると、ベンチャー入りを阻止して大企業に入れようとする、私たち世代の親のブロックがすさまじかったんです」

当時、自分と同世代の企業社員について「正直、あの世代にカネは出したくない」「だって辞めちゃう人たちでしょ」と複数社の人事部から言われたという紫乃さん。この世代が価値観を変えて楽しく仕事をすれば、企業の業績も上がり、若い人たちの道を拓くことにも繋がる――そう思って、2016年に会社を設立。翌夏、スナック「ひきだし」を開いた。

ウブな中高年を狙う“ヒヨコ食い”

「ひきだし」を訪れる客は様々だ。言われたことだけを真面目にこなしてきたという住宅販売会社の45歳、先々どうキャリアを積めばいいのか迷う金融一般職47歳、親会社買収で希望退職し、初の就活に悩む55歳元営業部長……。

「50代男女は、ただただ『このまま行ったらどうなっちゃうんだろう』と途方に暮れています。何でも答えがどこかにあると思っている偏差値重視世代ゆえか、誰が言っているのかわからない一般論を、正解だと思って自分をそこに合わせてしまう。結局、合わなくて悶々とするのは本人です。自分は何が楽しくて何が嫌か、何にわくわくするか、まずそこが重要なのに」

手っ取り早く「何者か」の正解を得ようと、資格の取得や起業・副業指南に走る人が、リスキリングと称する高額なだけの座学のカモにされがちだ。

「個人事業主になるのにお金はいらない。なのに、自分で何かを作って売ってカネを取った経験がない、常に消費者側の人。生産者側に立って稼がなきゃならないのに、自分がお金を払って学ぶパターンから抜け出せない中高年が多いですね。そういうウブな勉強好きの中高年を狙うビジネスを、“ヒヨコ食い”と呼ぶそうです」

ではどうするか。まず、誰かのために動いてみては、と紫乃さんは言う。

「何でもいい。例えばボランティア。自宅の半径1キロ以内を探せば、実は困っている人はたくさんいます」

そういう場では経理や交渉事の経験、あるいは今の職場の若手には劣るエクセルのスキルが、しばしば驚かれたり重宝される。自分では気付かなかったスキルの価値も見出せる。