2012年2月10日(金)

大王製紙、オリンパス……社外取締役は本当に必要か

日本企業には社外取締役より改良版の監査役制度が適している

PRESIDENT 2012年1月30日号

著者
加護野 忠男 かごの・ただお
甲南大学特別客員教授

加護野 忠男

甲南大学特別客員教授

1947年、大阪府生まれ。70年、神戸大学経営学部卒業。75年、同大学大学院博士課程修了。79年から80年までハーバード・ビジネス・スクール留学。2011年3月まで神戸大学大学院経営学研究科教授。11年4月から現職。専攻は、経営戦略論、経営組織論。著書に、『日本型経営の復権』『「競争優位」のシステム』などがある。

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甲南大学特別客員教授 加護野忠男=文
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相次ぐ企業の不祥事を止めるために、新しい企業統治制度の導入が模索されている。しかし効果の薄い規制の導入は無意味なだけでなく企業の活力を削ぐ、と筆者は警鐘を鳴らす。

統治法定主義と統治慣行主義

日本の会社統治のあり方に反省を迫る2つの不祥事が相次いで起こった。ひとつはオリンパスの損失隠し。もうひとつは大王製紙の会長による高額借入金問題。

この事件を受けて、法制審議会で会社法制の改正が検討されているようだが、再び効果のない制度の導入が繰り返されようとしていることを不安に思っている経営者が多い。不祥事の影響よりも、意味のない規制が加えられることの影響のほうが深刻だと私は思っている。社内に、形式的なつじつまあわせが蔓延する危険があるからである。

会社統治をどこまで法律で決めるべきかに関して2つの対照的な考え方がある。統治法定主義と統治慣行主義である。統治法定主義の立場では、統治のルールを具体的に法律として定め、それを怠った場合の罰則を法律で決めようとする。そうしないと、経営者はよりよい経営をしようとする努力を怠ると考える。

これに対して統治慣行主義の立場では、会社統治の制度は、企業経営者や利害関係者の工夫と合意によってつくり出されるべきものであると考える。それができない企業は市場から制裁を受けるから、法律で決めなくても、経営者はよりよい慣行をつくるように努力すると考える。統治慣行主義の立場では、法律で定めるのは最低限にとどめるべきだと考える。統治慣行主義が主張される最大の理由は、会社の多様性である。事件を起こした2つの会社を比べてみても、違いは明白だ。

大王製紙は薄利多売型の消費財を販売している同族統治企業、オリンパスはハイテクの経営者統治企業で、高収益商品を持つ生産財企業である。このような違いのある企業の統治のあり方を統一的なルールで律することはできない。

日本ではバブル崩壊後に多発した不祥事を受けて、法定主義が勢いを得た。そのために日本企業は元気を失ってしまった。最近は反省の機運が高まっていたところだった。今回の不祥事を受けて、法定主義が再び勢いを盛り返しつつある。

法制審議会で会社統治に関する法律の改正が検討されているようだ。その中心となっているのは、独立した社外取締役の義務化だといわれている。

これまで法定主義によってさまざまな失敗が繰り返されてきた。その典型は、内部統制の法定化である。内部統制は、企業に大きな資金負担をかけただけではない。さまざまな副作用が生み出された。オリンパス事件も、その副作用のひとつではないかと、私は推測している。

内部統制制度が導入されてから、監査法人による監査は間接的な部分の比重が高まった。支出が適切に決済され、それが適切に記帳されているかどうかのチェックは企業内部の人々が統制し、監査法人は内部の統制制度が適切に運用されているかどうかをチェックするという間接方式に変わった。

伝統的な監査の基本は、支出対象となった資産が実際に存在しているかどうかを直接に証拠と照合し、企業の目的にそった適切なものであるかどうかを監査人がチェックすることであったが、内部統制制度の導入に伴って、監査法人による直接的な照合が軽くなったのではないかという声が現場から聞こえてくるようになった。

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