なぜ人類は貧困を撲滅できないのか。社会学者の宮台真司さんは「人間社会には『構造的貧困』というメカニズムがある」という。大学院大学至善館理事長の野田智義さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、宮台真司・野田智義『経営リーダーのための社会システム論』(光文社)の一部を再編集したものです。

「構造的貧困」のメカニズム

【宮台】われわれの社会では、よかれと思って始めたことが思い通りにいかなかったり、予想もしていなかった悪い結果を招いてしまったりすることがしばしばあります。しかも、一度そういうことが起きてしまうと簡単に元に戻すことはできず、場合によっては半永久的に変えられない可能性もあります。

そのことをわかりやすく説明しているのが「構造」という概念です。開発経済学の研究者として有名なスーザン・ジョージは、日本では1980年に翻訳出版された著書『なぜ世界の半分が飢えるのか』(小南祐一郎・谷口真里子訳、現在は朝日選書、原著は1976年)の中で、「構造的貧困」の普遍的なメカニズムと時間的な展開について述べています。

まずは、彼女が明らかにした実態に基づいてつくった寓話ぐうわを紹介しましょう。

みなさんが、文明世界から隔絶した島の住民だとしましょう。生活は自給自足的で、昔ながらの素朴なやり方で農耕を営み、食料を手に入れています。暮らし向きはさほど豊かではありませんが、特に大きな不満も抱いてはいません。

宮台真司・野田智義『経営リーダーのための社会システム論』(光文社)
宮台真司・野田智義『経営リーダーのための社会システム論』(光文社)

そこに、あるとき、外の世界から宣教師がやってきます。宣教師は島での暮らしに備えて金属製の鍋、鍬、鎌といった生活用具や農具を持ってきており、それらを見たみなさんは「ああ、便利そうな道具だな」と感じる。実際、宣教師にそれらの道具を借りて試しに使ってみるとやはりとても便利で、自分たちもそういった文明の利器を手に入れたいと思うようになる。

しかし、宣教師が持ってきた道具の数は限られています。みなさんは「もっと道具を貸してください」と頼んでみたものの、宣教師は「もっと欲しいなら、自分たちで島の外から買わなければならない。そのためにはお金が必要で、外の世界に何か物を売らなくてはいけない」と言います。

ここで登場するのがブローカー、つまり市場の中で売り手と買い手をつなぐ役割を果たす人です。この人はみなさんに対し、「お金が欲しいのであれば、自給自足のための作物を生産するのではなく、国際市場で売れる作物を生産した方がいい」とアドバイスしてくれます。「コーヒー豆、サトウキビ、カカオ、そういった作物を栽培して売れば、外貨が稼げるし、そのために必要なお金や資材は貸してあげるよ」

島民の生活を一変させたブローカーの一言

ブローカーの話を聞いて、みなさんはコーヒー豆をつくり始めることにしました。自給自足的な農耕をやめ、換金作物の栽培によって外貨を獲得する農耕へと移行することを決めたのです。その結果、島にはお金が入ってくるようになり、みなさんは金属製の鍋や鍬や鎌を自分たちで買いそろえることができるようになりました。

コーヒーチェリーを収穫する男性
写真=iStock.com/Bartosz Hadyniak
※写真はイメージです

それだけではありません。みなさんの豊かな暮らしぶりを知った周辺の島々の人たちも「あの島の住民のまねをすれば自分たちも豊かになれる」と考えて次々にコーヒー豆をつくり始めました。

いいですか。ここまでは何も悪いことは起こっていません。ところが、この後、大きな転換が生じます。ブローカーが突然、「コーヒー豆の買値を半分にします」と言いだしたのです。「いや、そんな安い値段では売れないよ」。みなさんは懸命に抵抗しますが、ブローカーは交渉に応じようとはしません。「だったら、もう買わない。ほかからいくらでも買えるから」。そう言って、値下げを一方的に決めてしまいました。

そうすると、みなさんはお手上げです。なぜなら、自給自足用の食料を生産するのはすでにやめてしまっているし、手元にあるのは、食用に適さないコーヒー豆だけだからです。単一の換金作物を栽培する農業形態をモノカルチャーと呼びますが、いったんモノカルチャーに移行したら、つくったものを確実に売らない限り、食べていくことはできません。だから、ブローカーが提示する値段が半値に下がっても、その状況を受け入れざるをえないわけです。