「手打ち興行だけではとてもやっていけないよ」

そう、永島さんは言っていた。

「だって、呼び屋に金を貸す銀行はないからね。僕はポーカーでもうけては資金を作っていたんだ」

「怪物」の大豪邸に呼ばれた日

話は神さんに戻る。

わたしが本を書こうと思ったのは、初めて会った時に魅力を感じたからだった。業界の人は「神彰にだまされるな」とか「怪物だ」「悪人だ」と言ったけれど、わたしにとって神さんはチャーミングな人だった。きっかけは最初の本を出した(『キャンティ物語』幻冬舎文庫 1994年)後、突然、かかってきた電話である。

「キミの本、読んだよ。会って話したいから、わたしの自宅にいらっしゃい。食事をしよう」

本を書いたりすると、こうした誘いがある。わたしは好奇心のおもむくまま、誘ってきた人が反社会勢力でもない限り、会いに行く。

訪ねていった神さんの「自宅」は巨大な空母のようだった。住所は渋谷区の松濤。お屋敷街である。それでも神さんの家は周りの家とは比べ物にならないほどバカでかい家だった。

彼はひとり暮らしで、通いのお手伝いさんがいるとのことだった。有吉さんの後も結婚はしていたのだったが、2番目の奥さんにも先立たれていた。

玄関を入ると、ロビーは美術館のようになっていて、絵画や彫刻がずらっと並んでいた。内部はベルサイユ宮殿のような装飾がしてあった。天井が高く、シャンデリアがぶら下がっていた。豪華絢爛けんらんであり、オレは金を持っているんだぞと主張しているようなインテリアである。

「オレ以外は全部、本物なんだ」

お手伝いさんの案内で奥に行くと、テーブルに食事が2人分用意してあった。焼き魚、ステーキ、玉子焼きにご飯とみそ汁である。フランス風の室内には合わない定食屋のようなメニューだったけれど、調理したばかりで、どれもおいしかった。酒は出なかった。

向かい合った神さんは何かをたずねてきたわけでもなく、自分の話を始めるのでもなかった。ふたりでご飯を食べただけである。ただ、黙々と食べた。お見合いの食事のようだった。

何か話でもしないと、空気が重くて、いたたまれなかったから、ひとつ質問することにした。

「ロビーにあった唐三彩の置物、あれ、本物ですか?」

神さんは笑い始めた。面白くて仕方がないといった口調で言った。

「あのな、お前。いいか、この家にあるものはな、オレ以外は全部、本物なんだ」

そう言い放って、また笑った。

「オレ以外、全部本物」である。そこまで言える人はなかなかいない。