アメリカの文化は「大悪魔」だが…

マクドナルドはおろか、ピザハットもサブウェイもイラン国内に正規店は存在しない。背景には、米国がイラン核問題関連の制裁とは別途、ミサイル開発や「テロ支援」を理由に科してきた対イラン制裁があった。これは米企業に原則、イランに関わる貿易・投資を禁じる内容だった。それに加え、イランのイスラム革命体制も「大悪魔」と呼ぶ米国の文化を拒絶してきた。

実のところ、米国文化をこよなく愛するイラン人は少なくない。繁華街の露天商を訪ね歩けば、ハリウッド映画作品の海賊版DVDの需要がいかに高いかが分かる。

電気街には米アップルの店舗「アップルストア」と見紛う店舗があふれ、第三国経由で調達したiPhone(アイフォーン)が正規価格を大幅に上回る値段で売れていた。米国型の大量生産・大量消費社会を象徴するファーストフードが垂涎の的となるのは、火を見るより明らかだ。

「心のこもったもてなしに惚れちまった」

ピザハットならぬ「ピザホット」、サブウェイと思いきや「サブライム」。テヘランの市街地には、本物そっくりの飲食店が少数ながら看板を掲げ、控えめに営業していた。

ネームバリューにあやかった荒稼ぎが目的と推察されたが、反米国家で如才なく立ち回るのは至難の業だ。関係当局のプレッシャーは凄まじく、気付いた時には忽然と姿を消している店舗も珍しくなかった。

そうした困難な獣道を、テヘランのハンバーガー店「マシュドナルド」は反骨精神だけで歩んできた。極太のわし鼻に、鋭い二重まぶた。これは偽物ではないというレイバンのサングラス。アウトローな雰囲気をぎらぎらと漂わせる店長ハッサン・パドヤブ(67)は、シンプルに語った。「心のこもったもてなしに惚れちまったんだ」

ドイツでの運命的な出会い

マクドナルドとの出会いは40歳を過ぎたころ。ドイツに旅行中、チェーン店舗の一つにふらりと立ち寄った。ハンバーガーを口にしてみると、予想以上にうまい。3個をぺろりと平らげ、翌日にすかさず再訪した。同じように3個注文すると、レジの店員は訳知り顔で接客対応し、特別サービスで3個目は無料にさせてもらいたいと申し出た。

ドイツのマクドナルド
写真=iStock.com/Artur Bogacki
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どうしてなのか店員に詰め寄らなければ、真相を知らされることはなかっただろう。前の日の豪快な食べっぷりに惚れ込んだ店長が「もし彼が再訪することがあれば、素敵な体験をさせてあげて」と内々に取り計らっていた。

ハッサンは小粋な演出に感動した。結局、ハンバーガーと店の雰囲気を目当てに4日連続で通い詰めた。

「何とかして、マクドナルドの最後の空白地帯を埋めてやることはできねえか」。イランに帰国後、店をオープンしたいとの願望が頭をもたげた。